【飲食起業記】大繁盛ラーメン店『町田商店』(その1) 「基礎を学んだサラリーマン時代」

 

たつさんとの出会い

壱六家のシフトは完全二交代制をとっていて、早番だった僕は少しでも早く成長したいという思いから、過酷と言われており、誰もが敬遠していた遅番のシフトを志願しました。

遅番に行くと、ちょうど本店の店長に就任したばかりのたつさんという人の下で働くことになりました。たつさんの第一印象はとても頭が良く、いい意味でラーメン屋っぽくなくて、何か毛並みの違う人だなと感じました。あと初日に執拗にケツを揉まれたので、そっち系の人なのかなと思いました。それまでの先輩方は、作業的な仕事はプロでしたが、職人気質すぎて、後輩に仕事を教える際に言葉が暴力的になったり、手を出したりしてしまう人が多い中、たつさんは常に冷静で、理論的に分かりやすく仕事を教えてくれました。仕事をチームで盛り上げるには、まず人間関係をしっかり築くことが大事なのだということも学ばせてもらいました。

たつさんはまずあきちゃんに敬語を使ってなかった僕に対して、「ふざけるな、お前の方が先輩かもしれないが人生の先輩に対してその口の聞き方はなんだ。それは恥ずかしいことだから絶対やめろ!」と叱責されました。その時、ただのエゴで先輩風を吹かせたかった自分に気づき、情けないと思いました。あきちゃんになめられていたのは、自分があきちゃんに対して先輩として敬意を払ってなかったからだったのです。

ラーメン屋としてのスキルやテクニックだけでなく、社会人として、人として大事なものを多く学びました。

僕は会社や先輩の批判を酒の肴にしてしまう人たちが多い中、常に会社がもっと良くなるためには、成長するためには何をすればよいのか? という思考をし、行動しているたつさんに対して、なぜそこまで会社に尽くせるのですか? という質問をしました。

「俺は前の会社でものすごく利益を出したのに給料が全く変わらなかったから辞めたんだ。ここの会社の社長は『俺は成果を出したら出した分だけ給料を払う』と言ってくれた。だから俺は3年間は寝ずに働く」

“寝ずに働く”がたつさんの口癖でした。実際夜から朝まで現場。昼は会社に今後必要となる仕組みづくりをする時間に費やし、本当に寝る間を惜しんで働いていました。母子家庭でとても貧しい幼少期を過ごしたたつさんは、お金に対する執着心が人一倍強かったのではないかと思います。

そこまで能力と意識が高いのにもかかわらず、一切独立願望の無いたつさんに対して僕は、「この人をいつかビジネスパートナーにしたい」と強く思い、後にそれは実現することになるのでした。

甘くなかったスープ作り

昔ながらの職人気質の社風の『壱六家』でのスープ作りは神聖なものであって、1年間は一切スープに触らせてもらうことはできませんでした。しかし味覚を磨くための味見は許されていたため、1年間毎日数十回の味見は怠ることありませんでした。

遅番勤務になって半年ほどたった頃、ようやくスープに触れるようになることを許されました。

最初に驚いたのは、一般的にラーメンのスープは何十種類の材料を使って作るものだと思っていたのに対して、使用していた材料は豚頭と背脂のみ。使う道具はスープをかき混ぜるためのもっくんと呼ばれているただの木の棒に、てっくんと呼ばれているただの鉄の棒だけでした。

シンプルなだけにその奥の深さと難しさは想像を超えており、マニュアルは一切なく、スープの味作りは全て技術とセンスのみで決まるものでした。

さらにとんこつラーメンは、一般的に仕込んだスープをガラや材料を全て抜き、いったん寸胴などに取り分けてでき上がったものを温めて提供するのですが、家系ラーメンはガラを入れてスープを焚き続け、そのスープをお客様に提供し続けながら、そのスープを一定の量と味を保ち続けるというとても高い技術を要するものだったのです。

僕はそのスープ作りに対して、職人魂に火が付き、この技術を昇華させ誰にも負けない、誰にも作れない自分だけの最高のスープを作れるようになろうと心に決めました。

スープ作りとは本当に面白いもので、人それぞれ作る人によって同じものを使っているのに味が全然違いました。ある人は美味しく、ある人はまずいということではなく、どちらも美味しいけど味の種類が違うといった感じでした。まずは色々な人から学ぼうと思い、当時スープを作ることのできた10人くらい全ての人の技術を見せてもらい、学ばせてもらいました。

それから2年ほど経ち、ようやく自分の納得できるスープが作れるようになり、たつさんや社長に認められるようになった頃、とうとう本店の店長になれるチャンスをもらえることになったのです。

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