条件次第ではロシアとの「停戦」に応じても構わない状況にあるNATO
他の日本の識者の方々と異なる見解かもしれないが、筆者は、「NATOは、ウクライナ戦争がいつ停戦してもいいという状況」と考えている。繰り返すが、ユーラシア大陸における勢力圏拡大の争いという「大きな構図」では、さらなる東方拡大を実現したNATOは、既にロシアに勝利しているといえるからだ。
具体的にNATO加盟国の事情を考えてみる。
まず、ウクライナ支援を主導してきた米国、英国にとって、ウクライナ戦争は、損失が非常に少なく、得るものが大きい戦争だ。ロシアがウクライナと戦い消耗している一方で、米英は直接戦っていない。その上、欧州各国はロシア産の石油・天然ガスの禁輸措置を始めた。米英にとって、欧州の石油・天然ガス市場を取り戻す千載一遇の好機となっている。
次に、一方、ウクライナ紛争が勃発する前まで、天然ガスの4割をロシアから輸入していたフランス、ドイツなどEU諸国は、その代替となるエネルギー調達先を確保しつつあるものに、エネルギーコストの増大による経済の悪化に苦しんでいる現実がある。既にNATOの東方拡大を実現しているのだから、これ以上の戦争は必要ない。早期停戦して、ロシアからの天然ガス輸入が再開できる方がいいという「本音」がある。
要するに、NATOは、条件次第ではロシアとの「停戦」に応じても構わない状況にある。ロシアによる「力による現状変更」を絶対に認められないウクライナとは、実はまったく違う立場にある。
ウクライナ戦争停戦の本当の焦点は、ロシアの「力による一方的な現状変更」によって奪われた領土を取り戻せるかではない。NATOにとって真の問題は、ロシアがウクライナ領を占領したままで停戦することで、ロシアが「勝利宣言」をし、それで起こることではないか。
それは、ロシアが何度もやってきたことだ。ジョージア、グルジアなどに侵攻し、領土を一部占領することで、プーチン大統領が「大国ロシア」を強くアピールした。東西冷戦終結後のロシアの勢力圏の後退をみれば、「大国ロシア」など「幻想」にすぎないことは明らかにもかかわらずだ。
今回ばかりは幻想だと楽観視することはできない「大国ロシア」アピール
だが、今回については「大国ロシア」は幻想だと楽観視することはできない。国際社会で中国を中心とする「権威主義」の国々が台頭しているからだ。例えば、中国にブラジル、ロシア、インド、南アフリカの5カ国で構成されるBRICSと呼ばれる連合体が勢力を拡大している。5か国の経済力の拡大で世界人口の40%を占め、世界経済の26%のシェアを占めている。
24年1月からはサウジアラビア、イラン、アルゼンチン、エジプト、エチオピア、アラブ首長国連邦(UAE)を招待している。これまでG7(主要先進国首脳会議)など自由民主主義陣営の先進国が主導してきた国際社会で、権威主義的な新興国が存在感を主張する機会が増えている。
スウェーデンの独立調査機関「V-Dem研究所」は、公正な選挙や三権分立、表現・結社の自由などの状況に応じて179か国を民主主義と権威主義に区分し、「民主主義リポート」を発表している。24年3月7日の最新版では、自由民主主義陣営は91か国に対して、ロシアや中国など権威主義陣営は88か国だ。
しかし、人口では民主主義陣営の29%(約23億人)に対し、権威主義陣営が71%(約57億人)と大幅に上回り、10年前の48%よりも割合を増やしている。









