AI時代に一人勝ち。NVIDIAの「CUDA」がIntelやAppleを蹴散らし業界の“実質的なスタンダード”になった背景を中島聡が徹底解説

 

人工知能の研究者たちに瞬く間に広まった4つの情報

なぜ彼が、OpenCLではなくCUDAを採用したかについては、本人と会う機会があったら是非とも聞いてみたいところですが、この事件は、人工知能の研究者たちに大きなインパクトを与えました。具体的に言えば、

  1. 長く続いていた「人工知能の冬」がようやく終わった
  2. ニューラルネットは、そのサイズがものを言う
  3. ニューラルネットの計算は、GPUを使うと桁違いの高速化が出来る
  4. GPUを使いこなすには、CUDAを使えば良い

という情報が、瞬く間に広まったのです。4番目は、OpenCLでも良かったはずなのですが、たまたまAlexNetがCUDAを採用していたため、「ニューラルネットの高速化にはCUDAを使うべし」という情報が研究者の間に瞬く間に広まってしまったのです。

この事件をきっかけに、CUDAが人工知能の研究者たちの間に瞬く間に広まったとは言え、CUDAはNvidiaのGPU上でしか使えないし、さまざまなGPUの上でも使えるOpenCLの存在意義がなくなったわけではありませんでした。

皮肉なことに、OpenCLの息の根を止めたのは、OpenCLの開発者、Apple自身でした。2014年に、独自のプラットフォームMetalを発表したのです。Metalは、それまでAppleが採用していたOpenGLとOpenCLの代わりに提供された、グラフィックスと科学技術計算の両方をサポートするプラットフォームです。

Appleはそれまで、iPhone向けには自社製の、MacBook向けには、IntelやNviida製のGPUを採用し、その違いをOpenGLで吸収するという形を採用していましたが、OpenGLが陳腐化し、後にVulkanと呼ばれるようになった「次世代OpenGL」の開発がなかなか順調に進まない中、CUDAの台頭を見て危機感を抱いたのだと解釈できます。

CUDAがあまりにも強くなってしまうと、Appleは全てのMacにNvidiaを搭載しなければならなくなってしまい、最終的には、iPhone/iPadにまで進出を許すことになってしまいます。その当時から、AppleがMac向けに自社製チップを作る計画を持っていたかは不明ですが、それも不可能になってしまいます。

2014年のAppleによるMetalの発表は、単にOpenCLの息を止めただけでなく、次世代OpenGL(Valkan)の死産を運命付け、世界を「NvidiaのGPU上でしか動かないCUDA」と「Apple製品の上でしか動かないMetal」に二分し、その2社以外のGPUメーカー(主にIntelとAMD)にとっては、とても居心地の悪いものにしてしまったのです。

しかし皮肉なことに、AppleのMetalは、グラフィックスや(ニューラルネットの)推論のプロセスにおいては、力を発揮するものの、学習プロセスにおいては、Nvidia+CUDAの一人勝ちで、Apple社内のAIチームですら、学習プロセスにはNvidiaのGPUを使わざる負えない状況に追い込まれています。

以上が、CUDAが、そしてCUDAを戦略的な武器として抱えたNvidiaが今の地位に登り詰めた背景なのです。

ちなみに、以上のことを理解した上で、今回のMicrosoftによるCopilot+PCの発表を見ると、色々と面白いことが見えてきます。MicrosoftがCopilot+PCに最低限として必要なスペックとして、(Nvidiaが強い)GPUの能力ではなく、NPUの能力(40TOPS)を定めたことは、今後のチップメーカー間の戦いを占う上でも、Microsoft対Appleの戦いを占う意味でも、とても重要です。

私は今回のMicrosoftによる発表を、「デバイス上で推論を行うGPU」の終わりの始まりだと解釈しています。デバイス上で行うニューラルネットの推論に関しては、MetalやCUDAのようなレイヤーを使って開発者たちが最適化をする時代は終わり、デバイス上のNPUの上でニューラルネットを効率良く動かすためのAPIをOSベンダー(MicrosoftとApple)が提供し、開発者たちは、より上のレイヤー(AIエージェントや、カスタムLLM)で勝負をする時代になるのです。

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