トランプの焦り。事態の急変に戸惑い汚い言葉を乱射
バイデンなら戦い易いと思って準備を重ね、すでに莫大な資金を投じて政治CMなどを打ってきたトランプ陣営としては、事態の急変に戸惑い、焦り、その結果、今まで以上に汚い言葉を乱射しようとする傾向を強めている。そういうことから失言事件を引き起こしたりすると、これからわずか100日間の「短期決戦」ではダメージを修復する暇もなく投票日を迎えてしまう可能性もある(それはもちろんハリス陣営にとっても同じだが)。
トランプは、バイデンの老いを揶揄する代わりにハリスの若さを嘲笑おうとしたのだろうか、彼女は「何も分かっていない(she has no clue)、彼女は邪悪だ(she is evil)」という台詞を繰り返している。それで思い出すのはトランプが現職大統領時代にドイツから帰った後のホワイトハウスの会議で、メルケル首相(当時)を「あのあばずれ(that bitch)」と呼んだことである。女性への侮蔑を示すのにこういうほとんど幼児語に近い言葉遣いをするのがトランプ流であるようだが、これが米国では一部の白人男性たちの心を動かすらしい。
また黒人の血が混じっていること自体をあげつらうことはいくら何でも出来ないので、そういう場合には「人種差別主義者(racist)」という形容詞を使うのが常套手段である。かつて彼は自分を断罪する裁判を担当した2人の別の黒人女性検察官に対して「黒人であるが故に白人である自分に対し不当な扱いをする」という悪罵の意味を込めてレイシスト呼ばわりをした。
ハリスの上品さを失わないお洒落とさえ言える物言い
トランプはまさにハリスに対してその用語を蘇らせようとしているのだが、それへのハリスの対応は大人びていて、こう言っている。
「地方検事や州司法長官の仕事を通じて私は、女性を虐待して食い物にする貪欲な輩や、消費者を丸裸にする詐欺師や、自分の利益のためにルールを破るペテン師など、あらゆる種類の悪事犯を相手にしてきた。だから当然、トランプのようなタイプの人間をよく知っている」と。
毒気を含んでいるがギリギリのところで上品さを失わないお洒落とさえ言える物言いである。
さらに、ハリスのリベラル性が恰好の攻撃ポイントだと考えているようで、最近トランプは「ハリスは極左だ」というレッテル貼りを多用している。しかし、例えば妊娠中絶は絶対悪だとする極端な意見に対して、事情によってはそれも1つの選択肢として許容されるべきだと主張することが、果たして極左の名に値するのか。あるいは、移民そのものを敵視し排除しようとする意見に対して、無制限に受け入れるべきではないけれども世界には困って切羽詰まっている人々がたくさんいるので、豊かな国の我々は出来る限り手を差し伸べるべきだと主張する、米国民の多数派の考えに立つことを、極左として否定すべきなのか。
民主主義の国であれば熟議を通じてより良い解決策を見出していくのが基本マナーであるはずなのに、中身の議論は拒んでありきたりのレッテルを貼るだけの「印象操作」で切り抜けようというのがトランプで、今後100日間にはそういうトランプの粗野とハリスの上品とのやり取りを幾度も目撃することになるのだろう。
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