体罰や暴力が善行であるならば自分が受ける側になれ
最もわかりやすい事例で言えば、「戸塚ヨットスクール」だろう。戸塚ヨットスクールは私と同じような年代に人は子ども時代に、テレビでもよく見た社会問題化した事件を思い出すだろう。
Wikipediaによれば、
1979年から1982年にかけて、訓練中に訓練生の死亡・行方不明事件が複数発生。
1982年に起きた少年の死亡に関し、愛知県警察は当初は行き過ぎた体罰による事故と見ていたが、遺体から無数の打撲・内出血の痕跡・歯2本の損壊などが確認された。警察は捜査の時期を窺っていたが、1983年の5月にスクール前の道路を走っていた暴走族に対して一部のコーチが暴行して逮捕されたのをきっかけに、傷害致死の疑いでスクール内の捜査が始まった。その後、指導員が舵棒(ティラー)と呼ばれるヨットの艤装品(舵取りのための道具。一部では「角材」と報道された)で少年の全身を殴打し、その後ヨットでの訓練を続けていたことがわかり、組織ぐるみの犯行として6月には校長が、その後もコーチや元訓練生、そして支持者等の関係者が逮捕され、他の死亡事件についても起訴された。
こうした一連の事件が起きていたが、当初は不登校児や非行少年などを更生させているとマスコミは好意的に取り上げていた。実際は、暴力的支配が行われ、体罰が正当化されており、それによって命が失われるという事件もあったのだ。
その創始者戸塚氏が今月も「体罰は相手のため」など体罰を正当化して炎上している。コメンテーター的に起用しているテレビ局もあるようだが、正直、テレビ局のコンプライアンスはどうなっているのだろうと思えるほどだ。
この戸塚ヨットスクールの件でよく言われるのは、昭和の時代は鉄拳制裁はよくあった、今は平成を過ぎ、令和の時代であり、体罰はそもそも認められないということだ。
昭和50年代生まれの私は、まさに昭和の男であるが、鉄拳制裁はあったし、竹刀や木刀を持っている先生はいた。坊主処分用に学校にはバリカンがあったことも記憶している。
そして実際に使われていたし、木の棒で殴られたこともある。一方、先輩らがドスを持ち歩き、目立つ後輩をリンチしたり、先生にお礼参りと称して暴力及ぶこともあった。昭和40年代生まれの兄の時代には、廊下にスクーターに乗った暴走族が乱入したり、卒業式に機動隊がバスで来ていたのも見たことがある。
しかし、それを誇らしくは思わないし、それが良かったんだとは思わない。先輩に連れ去られリンチをされた友人を探すあの時の不安など二度と感じたくないし、全てのこどもたちにそんな思いはさせなくない。先生に殴られたくないから不満でもいうことを聞く、まるで家畜ではないか、それは教育とは断じて言えないのである。今は令和なのだ。時代と共にアップデートすべきだし、そもそも体罰や暴力は昭和の時代でも認容されるものではなかった。
学校は軍隊ではないし、こどもは牛追い棒や鞭で飼育する家畜ではない。仮に戸塚氏が本当に体罰や暴力が善行なのだというのであれば、自分が受ける側になるといいだろうし、こういう騒乱を巻き起こすマスコミももう取り上げるなと思うのだ。
さて、話を戻そう。
今、現在、体罰馬鹿が世の中を少しだけ炎上させたところで、体罰の是非が問われるような低い意識は言語道断であり、意識改革はほぼ進んでいないということだ。しかし、他人を変えることはできないと同様、人の意識はなかなか変わらないものだ。
この難題にどう向き合い、どう進むか、当然に後退もあるかもしれない。教育者それに関係する人たち、政治として教育の方針を決める人たちには、今が正念場だ。
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