逮捕当初から“呼び捨て”の犯人扱い。戦後最大の冤罪「袴田事件」を後押しした大メディアの無責任

 

「袴田」と呼び捨て。逮捕時点で犯人と断定するような報道

同時に、事件に関するメディア報道の在り方についても再考する必要がある。

事件当時、報道各社は袴田さんを「袴田」と呼び捨てにしていた(*6)。これは当時の報道慣行であったが、被疑者の人権に対する配慮が欠けていたと言わざるを得ない。

さらに、逮捕当日の夕刊には、袴田さんの逮捕方針を示す「前打ち」記事が掲載され、翌朝の新聞では「否認のまま逮捕」という見出しが打たれた。袴田さんが自白した際には「事件発生から68日後、逮捕から19日目に事件が解決した」と報じられ、彼がパジャマ姿で4人を刺したとの詳細な説明も加えられていた(*7)。これは、自白に過度に依存した報道であったと言える。

また、事件から約1年2カ月後に発見された血染めの衣類5点についても、「血染めの衣類は袴田の犯行を裏付ける証拠だ」と報じられた(*8)。しかし、この証拠の不自然さを追及する視点が欠けていたのは問題である。逮捕時点であたかも犯人と断定するような報道は、推定無罪の原則に反するものである。

現在では、報道各社は犯罪報道において「容疑者」呼称の導入や、「対等報道」(捜査機関からの情報だけでなく、容疑者や被告の主張も取り上げる)を実践している(*9)。しかしながら、現在においてもメディアは捜査機関の発表をそのまま報じ、批判的視点に欠けている場面が見受けられる。

「国民の8割が死刑制度を容認している」は本当か

日本政府が死刑制度の維持を正当化する際に世論調査の結果を引き合いに出すことには、いくつかの問題が指摘されている。

現在の世論調査では、「死刑もやむを得ない」という曖昧な選択肢が設けられており、これでは回答者の真の意見を正確に反映していない可能性がある。日本弁護士連合会は、この選択肢が将来的な死刑廃止の容認をも含んでいると指摘している(*10)。

2019年の世論調査を詳細に分析すると、将来的に死刑廃止を容認する人が41.3%、反対する人が44.0%と、両者は拮抗している。しかし、政府は「国民の8割が死刑制度を容認している」という単純化された見解を提示しているに過ぎない(*11)。

一方で、国内では2022年7月26日に秋葉原無差別殺傷事件の加藤智大死刑囚が執行されて以来、2年以上にわたって死刑が執行されていない(*12)。これは自民党政権下では異例の長さとされている。

また、2022年11月には当時の法相・葉梨康弘氏が死刑執行に関する不適切な発言で更迭された。さらに、2023年3月には袴田巌さんの再審開始が確定し、同年10月から再審公判が始まっている。袴田事件は、死刑制度への関心を高め、政府が死刑執行に対して慎重な姿勢を取る一因となっている可能性がある。

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引用・参考文献

(*1)「【全文掲載】検事総長 談話 袴田巌さん無罪確定へ」NHK NEWS WEB 2024年10月8日

(*2)「【袴田事件とは】58年前に静岡・旧清水市で一家4人が殺害された事件…無実訴え続けた巌さんの闘い振り返る」Daiichi-TV NEWS NNN 2024年9月26日

(*3)Daiichi-TV NEWS NNN 2024年9月26日

(*4)共同通信「袴田さん逮捕当初から犯人視報道」佐賀新聞 2024年10月8日

(*5)工藤隆雄「静岡県警が生んだ《昭和の拷問王》の呪縛に終止符か…再審判決「袴田事件」が突き付けた冤罪大国・日本の『司法のいい加減さ』」現代ビジネス 2024年9月26日

(*6)東京新聞 2024年10月8日

(*7)「袴田さん逮捕当初から犯人視報道」北國新聞 2024年10月8日

(*8)北國新聞 2024年10月8日

(*9)北國新聞 2024年10月8日

(*10)「死刑制度に関する政府世論調査に対する意見書」日本弁護士連合会 2024年1月19日

(*11)日本弁護士連合会 2024年1月19日

(*12)「国内の死刑執行なし、異例2年超 法相失言、袴田さん再審影響か」共同通信 2024年7月28日

(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年10月19日号より一部抜粋・文中一部敬称略)

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伊東 森(いとう・しん): ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。 1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。 高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。

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