安倍晋三氏が生前語っていた「拉致問題の難しさ」
2022年1月11日。安倍晋三元総理は、岸田文雄総理とパレスホテル東京の和食料理店「和田倉」で会食した。総理辞任から1年4か月後のことだ。このとき岸田は安倍に「拉致問題の解決とは何か」を聞いている。安倍は「どこかで終止符を打たなきゃいけない」と言いつつ、問題の難しさを語った。
1)生きているという確証もなければ亡くなったという確証も北朝鮮は出してこない。ならば生きているという前提で臨むしかない。
2)北朝鮮が亡くなったという確証を日本に示せば、日本からの経済協力はおろか、正常化交渉も難しい。
3)北朝鮮に向かって言う言葉と実際の交渉の言葉は違う。
4)被害者家族にどこまで説明するか。すべてを語ることはできないが、納得できる説明をしなければならない。
5)北朝鮮が生存者を出してきても、被害者家族は「個別撃破」されるのを恐れる。だから「一括全員帰国」の方針を取る(政府の方針は「一括」ではない:有田注)が、それだと北朝鮮側は「全員死亡」に固執する。
安倍晋三元総理は「結局、解決とは、我々が向こう側に要求することに対して、彼らが我々を納得させてくれることではないか」と語ったという。
(※この項は船橋洋一『宿命の子 安倍晋三政権クロニクル 下』文藝春秋、2024年 から)
安倍晋三元総理の結論の本音は北朝鮮の体制が変わることだった。トランプ政権を使って北朝鮮に圧力を加えることもその一環だっただろう。だがこの認識は日本側からのものであって、北朝鮮側の論理に立っていない。
北朝鮮も一枚岩ではない。権威主義国家でありながらも、人間社会である。たとえば横田めぐみさんを拉致したことを痛切に反省する指導部もいる。取り返しのつかない蛮行にいかに対応すればいいかを検討する金正日側近もいた。その流れがストックホルム合意へと結びついていった。
横田滋さん、早紀江さんも本音は「事実が知りたい」との思いで、亡くなった確証がない以上は生きていることを前提に闘い続けることだった。横田滋さんは合理的判断のできる父親だった。めぐみさんが「亡くなっていることもありうる」と思いながら、北朝鮮側から証拠が示されない以上は「生きている」と信じて行動してきたのだ。
2004年に「めぐみさんの遺骨」なるものが日本側に渡されたとき、DNA鑑定で別人のものとわかったが、骨壷に入っていた「歯」の存在を日本政府はいまだ隠蔽したままである。人間の生死が政治的に扱われることに、拉致問題の最大の問題がある。
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