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石破首相は「日本の切り売り」をいつ決断するか?クルマ・農業・医薬品…傲慢トランプの関税圧力 交渉過程で「フェンタニル」キマる恐れも

トランプ米大統領が7日、石破首相宛てに送った「25%関税」の書簡。アメリカが求める“見返り”は想像以上に重たいことを日本側に再認識させる内容だったが、今のところ政府は“農業を守り、自動車も守る”という「不可能な政策方針」を維持している。これを、当面の難関である参院選を乗り切ための方便とみるのは元全国紙社会部記者の新 恭氏。交渉の本番は“選挙後”というのが日米の共通した認識だという。自動車か農業かそれ以外か。参院選後のわが国は何を“切売り”することになるのだろうか。(メルマガ『国家権力&メディア一刀両断』より)
※本記事のタイトル・見出しはMAG2NEWS編集部によるものです/原題:参院選後を狙ってトランプから届いた物騒な請求書

トランプ氏のアメリカに“恐喝”される日本

「2025年8月1日より、われわれは米国に輸入される全ての日本製品に対し、わずか25%の関税を課します」

トランプ・米大統領から石破茂首相宛てに送られてきた手紙はほぼ予想通りの内容だった。関税をめぐる日米政府の交渉は、合意に至らないまま、一律10%の関税と上乗せ分14%を合わせた計24%の相互関税を一時的に停止する期限「7月9日」を過ぎようとしていた。

期限切れになれば予定通り8月1日に発効するから覚悟しておけ、というのが上記文面の意味するところだ。1%だけ数字が加えられた理由はわからない。

しかし、本意は別のくだり(下記)にしたためられていた。

「関税と非関税政策および貿易障壁を撤廃することを希望するなら、われわれは本書簡の内容について調整することも検討いたします」

つまり、関税を課せられたくなかったら、非関税障壁の撤廃などアメリカの要求にそった“見返り”が必要であり、それによっては再度、話し合いを検討してもいい、ということだろう。

7月いっぱいは、まだ交渉に応じるから、いい話を持って来いよと、いわば“恐喝”のようなことをしているわけである。

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「なめられてたまるか」石破首相からは強気発言も飛び出したが…

石破首相はこの書簡について、「事実上据え置きするものであり、かつ協議の期限を延長するものだ」と冷静な受け止めを強調しているが、参院選を前にした石破政権にとって、交渉能力に疑問符のつく“証拠書類”のようなものだけに、大きな痛手であることは確かだ。

自民党の小野寺政調会長が「手紙1枚で、このような通告をするということは同盟国に対して大変失礼な行為だ」と凄んで見せたのも、参院選向けの強気ポーズのたぐいだろう。

おりしも米議会上院では、「大きく美しい法案」と名付けられたトランプ大統領肝いりの大型減税法案が可決されたばかり。「無駄遣いが国を破産させる」とそれを嫌ったイーロン・マスク氏が「アメリカ党」結成を宣言して、トランプ大統領と決別したいわくつきの法案だ。

他国には高関税をかけ、自国民は減税で優遇する。いかにも「アメリカファースト」のトランプ氏らしいが、「日本はアメリカを食い物にしてきた」と言われては、素直に受け入れがたい。ほとんど何でも、アメリカの言うなりになってきたではないか。

ともあれ、トランプ氏の言動に、もともと道理などない。来年の中間選挙をにらみ、支持者にいかに単純明快でウケのいい政策をぶち上げるか。念頭にあるのはそんなところだし、関税は「脅しのツール」にすぎない。対米貿易黒字国に狙いを定め、“衝撃”を与えることで、より有利な条件を引き出すのだ。

この古典的ともいえるポピュリズムの渦の中に、日本は巻き込まれている。そして日本の外交は常にアメリカの意向を忖度して行われてきたのだから、急にその殻から抜け出そうとしても、できるわけがない。(次ページに続く)

完全になめられた石破政権。トランプ氏の要求は“日本終了”レベル

“力”でエゴ丸出しの要求を押しつけてくるトランプ氏に対して、プーチンや習近平のような独裁者ならいざしらず、民主主義国家の日本が“力”で押し返すことは不可能だ。

安倍流のゴルフ外交で懐柔するとか、諸葛孔明のような名参謀が知恵をめぐらせるといったことが必要になるが、石破政権にそういう人材は見当たらない。

日本側の交渉担当者、赤沢亮正・経済再生担当大臣はいまや“無能”の烙印を押されかねない状況だ。

なにしろ、足しげくワシントン詣でをしてきたのに、いつも米側から素っ気なく扱われてきた。交渉を主導するベッセント財務長官などは「すべては参院選が終わってからだ」と突き放し、会談を拒否してきた。世論の反発を恐れ、参院選が終わるまで思い切った“決断”ができない日本側の事情を見透かしているのだ。

政府は赤沢氏を派遣し、必死になって交渉にあたっていると見せかけるのが関の山だった。ただ一つ守ってきたのは、参院選を前に、こと自動車に関してはいかなる“譲歩”もしないということ。弱腰を見せれば見せるだけ票が減ると危惧するからだ。

言うまでもなく、日本にとって、交渉の最大の眼目は、自動車への関税引き上げを回避することだ。自動車産業は日本の「屋台骨」である。狙い撃ちされれば、経済全体が揺らいでしまう。

しかし、アメリカが求める“見返り”は、日本にとって想像以上に重たい。農業を“入り口”に日本という国家の市場構造そのものの改革をアメリカは狙っている。自動車の検査制度・燃費基準など、米側の言う非関税障壁の撤廃もしかり。デジタル、医薬品、保険分野の市場開放も含まれる。

むろん、米国が突きつける足元の要求といえるのは牛肉、コメ、小麦など農産物の関税引き下げだろう。(次ページに続く)

農業と自動車、二正面での遅滞作戦は「参院選まで」が限界

5月15日、JA全中の山野徹会長は、日米関税交渉をめぐり赤沢大臣に対し「米側に一方的に譲歩して、コメなど農畜産物の輸入拡大をしないように」と申し入れた。価格高騰が続くコメの輸入を増やす可能性が取りざたされているおりだけに、なおさら農業関係者の抱く危機感は強い。

言うまでもなく、JAは自民党候補への農業票をとりまとめる司令塔だ。石破政権は自動車を守るために、日本の農業を売り渡すのではないかと疑念を抱いている。そこで、選挙協力を約束するかわり、赤沢大臣が勝手なことをしないようクギをさしたのだ。

ではなぜ、日本における「米国農産品の市場開放」が、トランプ関税を免れる“代償”として第一候補になるのだろうか。

トランプ氏の最重要支持基盤はアイオワ、ネブラスカ、カンザス、ウィスコンシン…といった中西部・南部の農業州だ。これらの州は、米中貿易戦争の報復関税で中国向け輸出(とくに大豆や豚肉)を大きく失ったため、新たな市場を必要としている。そのため、トランプ氏にとって農産品の販路確保は“減税”と並ぶ重要な“選挙対策”なのだ。日本との通商交渉の過程では最初の「割りやすい岩」でもある。

日本政府は、“農業を守り、自動車も守る”という不可能な政策方針を維持することで、当面の難関である参院選を乗り切ろうとしている。つまるところ、交渉の本番は“選挙後”というのが日米の共通した認識だ。

トランプ大統領が「日本は手ごわい」と言ったのは、もっと簡単に日本をねじ伏せられると当初はタカをくくっていたからだろう。だが、今では「30%か35%」とさらなる高関税をちらつかせて、参院選後にそなえた“覚悟”を日本側に促しているのだ。

今後、関税引き上げが8月1日に発効するまでの間に再交渉が行われるだろう。これまで何度も渡米しながら、手ぶらで帰国するしかなかった赤沢経済再生担当相に、ついにワシントンから正式な“招待状”が届くのだ。トランプ書簡はその前触れとしての意味が大きい。(次ページに続く)

トランプ氏の切り札「防衛」「フェンタニル」にも要警戒

ところで、今回の交渉が一筋縄でいかないのは、“裏メニュー”が存在するからでもある。一つは「防衛」、いま一つは「フェンタニル」だ。

トランプ政権はNATO加盟国に対しGDP比で5%、日本にはGDP比3・5%に防衛費を引き上げることを求めている。“金の切れ目が縁の切れ目”というトランプ氏のことだ。沖縄の駐留経費負担をさらに増やせ、防衛装備品はもっとアメリカ製を買え、という要求が重なってくるだろう。

仮に日本が防衛費を3.5%まで引き上げれば、単純計算で年間20兆円規模の支出が必要になるという。これは、現在の防衛関連費の2倍以上であり、社会保障や教育への予算圧迫は避けられない。とても、日本政府がのめる数字ではない。

一方、「フェンタニル」とは、いまアメリカで死亡者が続出し、社会問題になっている合成麻薬だ。中国で原料がつくられ、メキシコの麻薬カルテルが製造して、米国に送られているらしいが、日経新聞のスクープ記事によると、日本にとって衝撃的なのは、名古屋がその中継基地になっていることだ。

米中間の新冷戦の文脈で「フェンタニル」問題をとらえる向きもある。事実、トランプ大統領が中国からの「化学兵器的」脅威と位置づけ、「カナダやメキシコを経由して米国に入っている」として、中国だけでなくカナダ、メキシコにも高関税を発動した経緯がある。

トランプ大統領が、日本に対する新たな脅しの材料として「フェンタニル」を持ち出し、通商上の無理難題を押しつけてくる恐れは十分にある。

日米の最高権力がお互いエゴ剥き出しに、選挙を第一として動いているのだ。なんらかの知的工夫がない限り、力の強いほう、すなわちアメリカに有利に進むのは自明の理である。

信頼できる側近というだけで、通商交渉の経験がまるでない赤沢氏を担当大臣に任命した。その時点で、石破首相は負けている。トランプ大統領を篭絡できる豪胆な知恵者がこの国のどこかにいないものか。

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