「あの素晴しい愛をもう一度」作詞者が語る「人生の大問題」と日本人の“曖昧な幸福観”

 

そんなきたやまさんが語る「人生の目的」とは、日本のフォークソングにおける数多ある旅立つ歌を引き合いにして、どれも「たどりつかない」「たどりつく場所が分からない」と言って、「は、は、は」と笑うのである。

きたやまさんが作詞し、シューベルツが歌った「風」はその典型例だ。

「人は誰もただ一人旅に出て 人は誰もふるさとを振り返る」から始まり、旅立っていくのだが、先には何があるのだろう、と歌い進めると、「そこにはただ風が吹いているだけ」と結ばれる。

これは、「もののあはれ」にも通じる。

目的地もしくは目的という具体は必要なく、今ある瞬間や成長の過程を重んじ、答えはその人の中にある、という解釈も成り立つだろう。

きたやまさんは消費者金融会社のCMで語られるフレーズである「そこに『愛』はあるんか?」に対し、日本では「ある」かもしれないし、「ない」かもしれない、と言って笑う。

そして会場も笑う。

愛はある、と言い切らない文化である。

この文化の中で私たちの思考は揺らぎ、決定しながら人生を生きていくわけで、この入口に立てば、人生の大問題をどのように捉えるかは、あなた次第ということになる。

これもきたやまさんの作品である「帰ってきたヨッパライ」は、「おらは死んじまっただ」と言って、天国に行くのだが、天国で酒を飲みすぎて、結局は下界に帰ってくるストーリーである。

天国はよいところのはずだから、そのままいればいいのに、追い出されたとはいえ、帰ってきてしまう。

ここにきたやまさんの世界観があり、大ヒットとした、それを受け入れる日本人の社会観も見逃せない。

天国はあるかもしれないし、ないかもしれない─。

これを聞くと何となく気が楽になったような気がする。

外に出れば桜は満開で、この瞬間に桜を愛でるのもまた、もののあはれ。

そこに幸せを感じて、笑みがこぼれる。

生きていてよかったな、と。

学生時代にフォークソングを聞いた世代の多い観客が、自分はこれでいいのだと安心した横顔が増えればいいなと願いつつ、桜の下、なぜか「花嫁」を口ずさむ。

「命かけて燃えた恋が今結ばれる」。

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障がいがある方でも学べる環境を提供する「みんなの大学校」学長として、ケアとメディアの融合を考える「ケアメディア」の理論と実践を目指す研究者としての視点で、ジャーナリスティックに社会の現象を考察します。

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