「悪への想像力」が欠けた社会で、なぜ政治は劣化していくのか?辛口評論家が考えたこと

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私たちは往々にして、悪を自分の感覚や常識の延長線上で理解しようとします。そのため、権力の私物化や組織への盲従、不正や支配の構造を前にしても、「そこまで露骨なことはしないだろう」と判断してしまうことがあります。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』では辛口評論家として知られる佐高信さんが、「悪への想像力の貧困」という視点から、政治と宗教、そして私たち自身の認識のあり方について考えていまる。

悪への想像力の貧困

『佐高信の30年読書日記』(旬報社)の第1巻(1992年から2002年)を読み返して、2021年2月3日付の『毎日新聞』の「みんなの広場」に載った大阪の平松昌子の投書を再度引用しようと思った。

福島瑞穂と私の共著『憲法大好き宣言』(社会思想社)を読んでの感想で、引かれているのは私の発言である。

図書館で手に取った本に、びっくりするようなことが書いてありました。

「悪い奴は徹底して悪いの。ところが庶民っていうのは自分がいい人であるもんだから、自分と等身大の悪しか想像できないわけです。

自分ができる悪しか想像しない。これを想像力の貧困と言うんです」

というくだりを読んだ時、すべての疑問が解けました。

税金で競走馬を買う神経、平然とわいろを要求する役人、罪はすべて秘書になすりつけるふてぶてしさ、国民の反対をよそに進められた諫早湾干拓事業など、数え上げればきりがない。

彼らには良心の呵責なんてなかったのだ。

それを許していたのはほかでもない、

庶民のスケールしか持ち合わせていない私たちなのだ。

グチっていても世の中良くならない。

みんなが想像力の貧困を克服し、選挙という剣を持って立ち向かえば、政治は音を立てて変わる

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