「一般国民が続々と天皇になれる革命」を企てている男系派
ただ限定的な例外もある。皇位継承に関するケースとしては、平安時代の宇多天皇と、その皇子・醍醐天皇の事例のみがそれに当たる。
宇多天皇は皇族から一度臣下となり、その後皇族に復帰して天皇となった。その子である醍醐天皇は、父が臣下となっていた時期に生まれたため、臣下として生まれ、それが皇族となり、天皇となった。
もっとも宇多天皇が臣下となっていた期間は3年ほどであり、皇族離脱から80年近く経っていて、親の代から生まれも育ちも一般国民である旧宮家系とは比較にならない。
しかも、ただ1度事例があっても、これは「先例」とはなり得ないのだ。鹿内氏はそれを「凶例」と呼んでいる。
鹿内氏は、以下のように述べている。
そもそも、過去の歴史上の事例が全て「先例」になるわけではない。そこから選ばれた吉例・嘉例のみが後世の規範、すなわち「先例」となるのであり、不吉な事例やイレギュラーな事例は凶例として忌避される。宇多天皇・醍醐天皇と同様の事例が、その後「先例」として繰り返されることはなかった。
既に三代、70年以上の歳月を「日本国憲法下の国民」として生活し、選挙権の行使、納税の義務などを果たして来た旧宮家の男子を皇族の養子とし、その養子の子(男子)を皇位継普格者とするという選択を、宇多天皇・醍醐天皇の事例を「先例」として正当化するのは無理だと言わざるを得ない。
一回だけ例があっても、それは「凶例」であり、先例とはならないというのだ!
男系派は、女系天皇は一度も先例がないと言い張る。実際には何度も書いているとおり女系天皇の先例はあるのだが、そもそも男系派の主張する、一般国民である男子を皇族にするという案こそが、先例のないことなのである。
鹿内氏は定年までの32年間宮内庁書陵部に勤め、宮内庁の研究職トップである編修課長となった方である。
宮内庁では課長以上の幹部は天皇陛下のお召しを受けて直接一対一で話をする機会もあるという。
そのような人物がこのタイミングで、ここまで踏み込んだ発言をするということが、天皇陛下のご意思と無関係に行われるということは到底ありえない。
一般国民を続々と皇族にする、ましてやそこから天皇を出すなんてことになったら、もう国民と皇室の差がなくなってしまう。それはまさに「革命」である。
男系派は、今の日本社会の仕組みをガラリと変えて、一般国民が続々と天皇になれるようにする革命を企てているのだ。
しかも旧宮家というのは、男系では今上陛下とは600年も血筋が離れている。
恐ろしいことに男系派は、天皇皇后両陛下の実のお子さまよりも、600年も離れている「男系」の血の方が尊いと思っているのだ。
600年離れていてもいいのなら、800年でもいいことになる。そうなると、源氏や平氏の子孫なども全部天皇につながってしまう。
平泉澄『物語日本史』では、山田、木田、小島、村上、夏目、手塚、飯沼、依田、多田、小国、山県、清水、田尻、浅野、土岐、船木、石川、佐竹、竹田、小笠原、秋山、南部、里見、新田、大舘、今川、畠山、細川は清和源氏から出た苗字、村岡、三浦、畠山、相馬、梶原、北条、名越、金沢、伊勢、杉原、和田、千葉は桓武平氏から出た苗字であり、いずれも神武天皇の血統に連なると解説している。つまり、以上の苗字を持つ男子は、天皇候補にもなりうるということだ。
そんなことになったら、もう日本の国体の全てが崩壊してしまう。だからこれはまさに「革命」なのである。
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