■「米国に安全保障を委ねる限界」を突き付けられた湾岸アラブ諸国
イスラエルでは、通算19年にわたり首相の座にあるネタニヤフ首相の劣勢が事前調査で伝えられています。首相が政治の舞台から去れば、強硬路線が修正される可能性はあるでしょう。
しかし国民の間に広がる「ネタニヤフ疲れ」とは裏腹に、イラン攻撃そのものへの支持は依然として高いままです。
生き残りをかけ、これまで何度も劣勢を覆してきたネタニヤフ首相が、起死回生の一撃とばかりに、選挙までの間に新たな軍事挑発に打って出る懸念は消えていません。
この行き詰まり感を、斎藤貢・元イラン大使は見事な比喩で言い表しています。
「トランプ大統領は手の内を見せないポーカーをしているつもりが、すべての駒が盤上に見えるチェスにゲームを変えられてしまった」
ポーカーは相手の腹の内を読み合う駆け引きのゲームですが、チェスはすべてが盤上に晒された論理のゲームです。ブラフが通用しない盤面に立たされたとき、交渉者は虚勢ではなく、実際の力の差でしか物を言えなくなります。まさに今のイランと米国の関係は、この比喩の通りの局面に入っていると言えるでしょう。
米国とのディール・メイキングに見切りをつけたイランは、危うい攻勢を各地で広げています。
原油輸出の代替ルートとなるはずの紅海では、イエメンの親イラン武装組織フーシー派が南側のバベルマンデブ海峡を事実上封鎖しました。7月下旬にはエジプトの地中海岸でLNG船が正体不明の無人機による攻撃を受けています。
サウジアラビア産の原油は、東西パイプラインで紅海側へ逃がすことができますが、そこから先も紅海、バブ・エル・マンデブ、スエズ運河という別のリスクを抱えています。
同じ7月下旬には、ウクライナがカスピ海でイラン船を攻撃し、ロシアとの間で軍事物資を運んでいたと主張して攻撃を正当化しました。中東とウクライナという二つの戦場が、互いにエネルギー不安を増幅させ合っているのです。
紛争調停の現場でよく使う言葉に「レバレッジ」というものがあります。
イランは軍事力でも経済力でも米国に及びませんが、ホルムズ海峡という「地理」そのものを最大のレバレッジとして握り続けています。力の差がどれほど開いていても、相手が絶対に手放せない一点を押さえてしまえば、交渉のテーブルから完全に締め出されることはありません。これは中東に限らず、あらゆる非対称な交渉に通じる原則だと感じます。
こうした軍事衝突は、湾岸アラブ諸国に対して「安全保障を米国に委ねることの限界」を突きつけました。
「米国は頼りにならない、しかし逃げられても困る」
ペルシャ湾の機能不全を終わらせて成長の軌道に戻るには、自らの手で新たな秩序を築くしかありません。
サウジアラビアとトルコ、パキスタンは8月7日、共同防衛協定(メッカ協定)を締結しました。トルコのフィダン外相はこれをNATO(北大西洋条約機構)第5条と「技術的には同じだ」と説明していますが、具体的にどこまでの軍事的義務を伴うのかはまだ明確ではありません。NATOの集団防衛原則を思わせる、新たな地域安全保障の枠組みの誕生と見るのが実態に近いでしょう。
日本もこの胎動を見逃してはいけません。軍事衝突から得るべき教訓は「脱中東依存」だけではなく、戦後に現れる新秩序を中東との関係強化につなげる発想そのものだと思うのです。
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