プーチンが持ちかけた三者会談にトランプと習近平は乗るか?国際交渉人が危惧する“席のない国”の頭越しで決められる新秩序の中身

 

【1-2.「解除」と「免除」の間】

この出来事を、単なる「米国の対ロ融和」と片付けるのは、少しもったいないと私は考えています。ここには、交渉の世界でよく使われる、もう一つの技法が見えるからです。それは、カードを捨てずに、カードを伏せておくという技法です。

制裁を法律から消してしまえば、二度と使えません。しかし、仕組みを作ったうえで適用を免除しておけば、大統領は、あるいは関係する閣僚と協議した国務長官は、いつでも免除を終わらせ、関税を相手に突きつける判断を下すことができます。ロシアから見れば、関税は消えたのではなく、頭の上に吊るされたままなのです。

交渉の言葉で言えば、米国は制裁を「交渉のてこ」として温存し、その上げ下げを、大統領を頂点とする行政府の判断に集めたことになります。

ただし、この技法には大きな副作用があります。カードを伏せる者は、相手だけでなく、味方にも次の一手を読ませなくなるのです。

欧州は、ロシアの戦費を細らせるために、エネルギーへの制裁と製油所への攻撃を重ねてきました。その欧州から見れば、最大の同盟国が、軽油の取引で新たな収入源をロシアに与え、制裁の発動の判断を手元に引き寄せたことになります。

10月15日と16日にブリュッセルで開かれたEU首脳会議の結論には、米国がロシア産の軽油への制裁を一時的に解除した決定を「遺憾とする」と、はっきり書き込まれました。ゼレンスキー大統領もこの会議に出席し、軽油や石炭の取引は単独の出来事ではなく、「次はガスかもしれない」と警告しています。

同盟国が、同盟の盟主の決定について、公式の文書で「遺憾」と書く。これは、外交の言葉としては決して軽くないことを意識しておかなくてはなりません。

【1-3.「沈黙は同意とみなされる」という作法】

ここで、日本経済新聞の「経済教室」に今月載った、二つの国際法の論考をご紹介したいと思います。

10月14日の林美香神戸大学教授の論考は、国際法を支えているのは強制力ではなく、違反を見た国々が声を上げるという実践だと論じています。林氏は、同盟国だからといって黙れば力の支配を容認することになり、日本は少なくとも一点では米国と異なる立場を表明できるよう連携すべきだと提言するものです。

翌15日の中谷和弘東海大学特任教授の論考は、権利の侵害に沈黙すれば黙認と見なされかねないので、まず抗議が不可欠だと指摘しています。

もちろん、国際法の上で、沈黙がいつでも同意を意味するわけではありません。それでも、抗議すべき場面で黙っていれば、後になって黙認していたと受け止められかねないという中谷氏の指摘は、多国間交渉の現場の感覚とよく重なります。

私は長く気候変動交渉やSDGs、そして軍縮に関わる多国間交渉の場に身を置いてきましたが、少なくとも私が参加してきたコンセンサスで決める会議では、議長がコンセンサスを宣言した後に、本会議で誰も異を唱えなかった提案は、「合意済み」として扱われるのが通例でした。

交渉の現場では、「コンセンサスを崩すつもりはないので、条件付きで合意する。ただし、我々が反対したこと、あるいはこの部分から離脱(オプトアウト)することを、合意文書の脚注に明記してほしい」という発言をよく耳にします。合意の流れには乗りつつ、自らの異論だけは公式の記録に刻んでおくという、交渉の実務の作法です。

抗議とは、感情の表明ではなく、自らの立場を記録に残すための行為なのです。今週、EUはその記録を残しました。しかし、日本政府が、米国のロシア産の軽油をめぐる決定について、同じような記録を残したという報道を、私は今のところ見つけられていません。

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