【1-3.「包囲の心理」という見えない争点】
今回参照したTIME誌の長い記事は、アイゼンコット氏という人物を通して、この選挙のもう一つの争点を描いていました。記事は、飾り気のない同氏の事務所の机の脇に置かれた、息子の写真から書き起こされています。
2023年12月、予備役の衛生兵としてガザで戦っていた息子のガル氏は、戦闘で命を落としました。その2カ月前、ハマスの奇襲から4日後に、アイゼンコット氏はネタニヤフ首相に請われて戦時内閣に加わっていました。2015年から2019年まで、ネタニヤフ首相の下でイスラエル軍の参謀総長を務めた人物が、今度は政敵として首相の隣に座ったのです。
息子の葬儀の3日後、同氏は再び戦時内閣の席に戻りました。しかし、人質の解放を軍事作戦より優先すべきだという主張は受け入れられず、同氏は2024年6月に政府を去りました。
同氏がネタニヤフ首相の最大の問題として挙げるのは、イスラエル社会を「我々と彼ら」に分け、終わりのない戦いの空気を保ち続ける政治の手法です。同氏はそれを、社会にとっての「毒」と呼んでいます。国民は戦争の終わりを望んでいるのに、指導者は危機が続くことで自らの立場を保っている、という見立てです。
交渉の理論では、依頼する側と任される側の利益がずれるこの状態を「プリンシパル・エージェント問題」と呼びます。
国民という依頼人が終わりを望んでも、任された指導者が終わらせないことに利益を見いだしていれば、戦争は終わりません。
同氏は、首相に就けば14日以内に、10月7日の失敗についての国家調査委員会を作り、自らの参謀総長の時代も調べの対象にすると約束しています。
パレスチナ国家には反対しつつ、改革されたパレスチナ自治政府に自治を担わせる「分離」を掲げ、ガザについてはトランプ大統領の20項目の和平計画を支持する立場です。さらに、米国からの軍事援助に頼る状態から、5年から10年かけて抜け出すという構想まで示しています。
もっとも、こうした政策が実現するかどうかは、先ほどの議席の算術次第です。議席の数字だけで人々の心の内までは測れませんが、選挙の結果は、イスラエルの社会が、包囲の心理から抜け出したいという思いと、それでも強い指導者に守られたいという思いの間で揺れ、どちらの側も多数をつくれずにいることを映しています。
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