否定できない中東全域を巻き込む戦争が勃発する可能性
ただ今回の荒唐無稽な提案の内容が内容なだけに、これまで触れたようなシナリオでは物事が進まない可能性も十分にあります。
二国家共存を基本とする中東和平の実現を念頭に、デリケートな安定を保ってきた中東地域の各国にとっては、今回の提案内容は、仮に交渉戦略上のハッタリであったとしても、決して超えてはならなかったレッドラインであった可能性が高く、サウジアラビア王国やUAEなどはアメリカとの対話に乗ってこない可能性も生じるかもしれません。
そのような事態になった場合、どのようなことが起きうるでしょうか。
一つ目は【対イスラエル戦線が拡大し、サウジアラビア王国などが静観を止め、イスラエルへの攻撃に参加する可能性】です。
これまでアブラハム合意などを踏まえ、イスラエルとの親交を結ぶことによる経済的な利益を優先し、実質的にはパレスチナ問題の解決から距離を置き、パレスチナ人の自決権(self-determination)の実現にもあまり尽力しなくなってきたアラブ諸国ですが、イスラエルによるガザ地区やレバノンなどへの容赦ない攻撃を目の当たりにし、アラブ諸国の国民が自国政府に対してパレスチナなどに寄り添うべきとの不満と要求を強めて、政府がそれをこれ以上抑えきれなくなってきているという内情が顕著になってきているように思われます。
それでもガザ問題に直接介入してこなかったのですが、今回のトランプ提案とイスラエルの反応を見て、イスラエルとの親交を捨て、アラブの連帯を再度強化する方針転換を行った場合、中東地域全域を巻き込む”中東戦争“が勃発する可能性は否定できません。
すでにガザ、レバノンに戦端を開き、シリアにもちょっかいを出しているイスラエルにとって、アラブ全体を敵に回して戦い続けることは現実的ではありません。
そして事態をさらに悪化させるのが、これまでの中東情勢と違い、アラブ諸国とイランの間の敵対関係が収まっており、対イスラエルの敵意がそこで消化される事態が消滅していることから、場合によってはアラブとイランが協力してイスラエルと事を構える可能性は否定できないのではないかと考えます。
このような状況が現実になった場合、かなりの被害が予想され、中東地域に大きなダメージを与えることになりますが、攻撃に踏み切るか否かを決めるカギは恐らくイスラエルの今後の対応次第かと思います。
イスラエルは戦争になった場合、取り得るすべての手段を使って反撃に出ることになりますが、その時、アメリカはイスラエルの背後から直接中東に攻撃を加えることになるのか、それともバイデン政権時のように、後ろ盾として武器などの提供を行うものの、直接的な部隊の投入はしないという手を取るのかによって、結果が変わってくるでしょう。
トランプ大統領の外交・安全保障政策の基本は【アメリカ軍兵士を直接投入して、戦争当事国にならないこと】だと見ていますが、もし親イスラエルを強調して、このラインを破るようなことがあれば、アメリカは遠くアラブの地で長く戦争の泥沼に陥ることになるため、“アメリカの再帰”はないと考えています。
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