あらためて噛み締めておきたい宮澤喜一の「遺言」
上述のように、3月の公明党議員の質問で引用されてすっかり有名になった宮澤の答弁だが、大事なことなので資料としてきちんと保存しておくことにしよう。
昭和51(1976)年5月14日の衆議院外務委員会では、73年のオイル・ショック以降、産油国は手にした莫大なオイル・マネーで先進工業国から兵器を購入しており、それを先進国の側から見れば石油購入で出た赤字を兵器を売りつけることで回収している形になっているが、日本も兵器輸出をしないという方針を改めた方がいいのではないかという趣旨を民社党の永末英一議員が質問し、それに宮澤外相が答弁した。やりとりの要点はこうだ。
永末 「OECD加盟のいわゆる機械工業国には兵器を売りつけて自分たちの〔石油輸入の〕赤字を始末している国がある。わが国は兵器輸出はやらぬことになっておるわけで、それはそれでわが国の方針だが、同じような〔赤字〕状態にある〔工業〕国では兵器輸出をやっておる。
何かつり合いのとれぬ経済構造、貿易構造、すなわちOECD側と産油国とを比べた場合に日本が特殊な地位を持っておる。この特殊性はなくする方がいいと思いますか、やむを得ないと思われますか、外務大臣」
宮澤 「OPECの国々が大きな収入源を兵器の購入に充てておる。……その兵器の輸出ということですが、わが国は御承知のように武器三原則というものがあり、その際どのようなものを武器というかということについては、先般統一見解を予算委員会を通じましてお示しをいたしてございます〔後述の76年2月27日三木首相が読み上げた統一見解のこと〕。で、それに当たるものは、やはりわが国としては輸出をしないというのが本当であるというふうに、いまだに私は考えております。
ただ、そのような哲学を持っているのは恐らくわが国だけと言ってもいいぐらい世界の中では少数であって、売る方、買う方、おのおの兵器というものについての哲学はわれわれとは全く異なります。
そして、買う方は、恐らく国の安全とか──その国と言うときの考え方も実はいろいろだと思いますけれども、プレスティージとかいうことで買う。これが第一のプライオリティーだと考えているようでありますし、また、供給する方の側は、兵器産業というものがある意味でその国の経済体質の中にもうはっきり組み込まれておって、そこに罪悪感というものは伴っていないというのが現状だと私は思うのです」
宮澤 「むろん、経済政策的に言えば、兵器産業、兵器の生産とかあるいは兵器の購入とかいうものはいわゆる非生産的なものでありますから、本当はそういう姿では経済発展というものには余り寄与しないという問題があることは、永末委員もよく御承知のとおりですが、そう申してみても、いまの現状というものはわが国が言ったとてなかなか簡単に変わるものではない。
少し遠いことを申せば、わが国のようないわゆる軍備らしい軍備を放棄したという国が歴史上繁栄していく、そういうパターンというものが示せれば、長い時間がたてばこれは一つのいい教訓になってくるかもしれないと思いますけれども、これは時間のかかることであるというようなことから考えますと、どうも残念ながらこのような兵器をめぐる取引というものは現実として考えざるを得ない」
宮澤 「そこで、わが国がそこへ入っていくかどうかということについては、やはりどうしても消極的に考えるべきである。たとえ何がしかの外貨の黒字がかせげるといたしましても、わが国は兵器の輸出をして金をかせぐほど落ちぶれてはいないといいますか、もう少し高い理想を持った国として今後も続けていくべきなのであろう。
どこまでが兵器でどこからが兵器でないのかというようなことは、議論してできないことはありませんけれども、いやしくも、疑わしい限界まで近づいていくことも私としては消極的に考えるべきではないかと思います。……」
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