中国の「行政権の既成事実化」
私たちの目が中東地域に釘付けになっている間に、アジア太平洋地域では静かに、 でも確実に安全保障のバランスが崩れ始めています。
アメリカが中東問題に釘付けになることで、アジア太平洋地域に駐留していたアメリカ軍が装備と共にペルシャ湾に派遣され、 アジアにおけるアメリカのプレゼンスが著しく低下しています。
また、米国防総省(ペンタゴン)によると、米軍は今回のイラン攻撃で、 それまで3000発保有していたトマホークミサイル(巡航ミサイル)の3分の1を使用し、 在庫の回復には、米国内の軍需産業を総動員し、生産ペースをマックスに高めたとしても、 4年以上かかるという見込みが示されています。
これにより、中ロは、アジアおよび欧州における力の空白を突いてくる恐れがあり、 欧州およびアジア太平洋地域におけるパワーバランスが一気に変わるだけではなく、 “同盟国”の安全保障への懸念を高めることに繋がる恐れが高まります。
そのような中、次の混乱として警戒されるのが【台湾有事】です。
このところ、中国は台湾に対して【軍事演習】から【行政権の既成事実化】というように、 ”新しい戦い方”を始めたのではないかと考えています。
これに関して、今週、もう一つ見逃してはならない動きがありました。 中国交通運輸省による【台湾東部沖での“海上交通特別法執行・測量行動”】です(6月6日~10日実施)。
この“海上交通特別法執行と測量行動”では、中国海警や中国人民軍の巡視船など計4隻が台湾東部沖に展開し、 航行中の約200隻を調べ、3隻の「違反行為」を改めさせたとされています。
直接的な契機は、日本とフィリピンが台湾東側のEEZ境界画定交渉を開始すると宣言したことへの対抗措置と言われていますが、 今回の“行動”を巡る含意にはより深いものがあります。
中国共産党系メディアの環球時報は、この“行動”を『権利の主張を管轄の実践へと転換する重要な一歩だ』と称賛しましたが、 この言葉は、今の中国の台湾戦略の本質を正確に言い表しているように考えています。
それは『権利の主張から、管轄の実践へ』という大きな方針および対応の転換です。
今週行われた“行動”は、単なる軍事演習ではなく、“中国の行政権の行使”という形式を取っていることに要注目です。
そこに重要な意味があります。軍事演習であれば、国際社会は中国による一連の行動を【挑発】と批判できますが、 “行政行為”であれば、【主権の行使】として扱われる余地が生まれます。 中国はその曖昧な領域を意図的に活用しているのです。
中国が選択したこの戦略には一貫した論理があります。 中国は近年、軍事的威圧だけでなく、海洋調査、海底ケーブル監視、海図作成、海上交通管理といった 【平時の行政行為】を積み重ねています。
それぞれは単体では問題になりませんが、 有事になれば、封鎖作戦や上陸作戦の基盤となることを意識しておかなくてはなりません。
このことから見えてくるのは、 【中国は台湾を武力で攻撃する前に、台湾周辺海域を実効管理する環境を着々と整えている】 ということです。
中国による一連の行動に対して、台湾が『国際法違反だ』、『主権の侵害だ』と反発しても、中国はそれを意に介しません。 なぜならば、中国の一連の行為は『台湾は我々の行政管轄下にある』という既成事実を積み重ねることが目的だからです。 この手法の巧みさは、相手が強く反発するほど『台湾が独立国であるかのように振る舞っている』という構図および印象を 国際社会に印象づけてしまい、国際社会からの支持を失う可能性を高める点にあります。
中国の一連の行動についてもう一点重要なのは、今回の行動が 【日本・フィリピンのEEZ交渉への対抗措置】という形を取っていることです。
つまり中国は、台湾海峡問題と東シナ海・南シナ海問題を一体のものとして扱い始めています。 日本が台湾問題に間接的に関与しようとするだけで、中国は台湾周辺に公船を展開するという 【連動した圧力】を使い始めたのです。
日本にとってこの問題は、台湾有事そのものより先に、今すでに始まっています。 台湾東部沖には日本のタンカーや貨物船が日常的に通過しますし、バシー海峡は日本のエネルギー輸送路の要衝です。
東シナ海や台湾東部海域が【中国に管理されつつある台湾周辺海域】という現実が、日本の物流、エネルギー安全保障、 半導体供給網に与える影響は、今後ますます無視できなくなるでしょう。
最近、中国が日本政府に対して非常にシビアな態度を取り続け、 米中首脳会談の場でもわざわざ日本批判を行うほど日本への圧力を強めていますが、 その背後には、“日本憎し”という感情ではなく、 先に触れたような事情や狙いが潜んでいることを私たちは理解しておかないといけません。
【鬼の居ぬ間に洗濯】ではないですが、まさに今、中国は 【アメリカの居ぬ間にアジア太平洋地域における覇権の確立】を狙っていると考えられます。
この記事の著者・島田久仁彦さんのメルマガ









