■「建前と実際の力関係の乖離」という国際社会の危うさ
ここで起きているのは、イランが海峡を一方的に閉め続けているという単純な図式ではありません。むしろ、海峡の利用条件そのものを交渉カードとして使い、開放の見返りに被害補償や制裁解除を引き出そうとする駆け引きだと捉えた方が、実態に近いはずです。
トランプ大統領は8月25日、SNSで「ホルムズ海峡の国際水域からすべての機雷が除去された」と投稿しましたが、これを裏付ける証拠や具体的なデータは示されていません。
私は、この投稿を額面通りに受け取るべきではないと考えています。交渉の現場では、片方が一方的に「解決した」と宣言することで、既成事実化を狙うという手法がしばしば使われるからです。
実際に海峡が安全に開いているかどうかは、今後の船舶の動きで確認していく必要があります。
8月27日時点のKpler社のデータによれば、ホルムズ海峡を通過した確認可能な貨物船は10隻。前日の8隻からは増えたものの、直近10日間の平均である約15隻にはまだ届いていません。タンカーへの攻撃も報告されており、「完全に安全に開いた」とは、少なくとも8月27日現在、まだ言い切れない状況です。
なお、通航料をめぐる議論は、ホルムズ海峡だけの話ではありません。
インドネシアでは4月、プルバヤ財務相が「マラッカ海峡でもマレーシア、シンガポールで領域を分けながら徴収すれば、悪い考えではないはずだ」と持論を展開し、周辺国の反発を招いています。シンガポールとマレーシアからの抗議を受け、インドネシアのスギオノ外相も「UNCLOS(国連海洋法条約)。に矛盾し実行する考えはない」と火消しに回りましたが、一度出てしまった発想は簡単には消えません。
OECDの執行委員会議長を務めたトルコのミトハット・レンデ元大使は、こうした通航料構想について「国際海事機関(IMO)の承認がなければ、いかなる国も通航に係る料金を徴収することはできない」と指摘しています。
ただし、これは一人の識者の見解であり、国際法の確立した一般論として断定できるものではありません。ホルムズ海峡のような国際海峡で沿岸国が一方的に通航料を課すことがどこまで許されるのかは、UNCLOS(国連海洋法条約)が定める「通過通航権」(国際海峡を通過する船舶が沿岸国の許可なく通航できる権利)と、沿岸国の権限との関係を含めて、慎重な検討が必要な論点です。
建前と実際の力関係が乖離し始めていることこそが、今の世界の危うさだと感じています。
ビジネスの現場に引き寄せて申し上げるなら、ここで問われているのは、原油価格そのものよりも「保険」の値段です。海峡の安全性に関する情報が錯綜している間、海上保険料や傭船料にも上昇圧力がかかります。
政府の発表を鵜呑みにせず、実際の船舶保険市場やタンカーの航行実績データを自前で追うことができる企業ほど、この種の情報戦において優位に立てるはずです。
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