【3.外交官ではなく、情報機関トップが来た-モスクワの4時間】
今週、私が最も注目した出来事は、CIAのジョン・ラトクリフ長官がモスクワを電撃訪問したことです。米CBSニュースなどが8月25日に報じたところによると、ラトクリフ氏は23日に米国を出発し、ロシアとウクライナの和平協議を進めるための訪露と見られています。
興味深いのは、その直前まで訪露していたインドのジャイシャンカル外相がモスクワを離れた数時間後に、ラトクリフ氏が入れ替わりで到着したという点です。
この微妙なタイミングをめぐって、様々な憶測が飛び交いました。8月26日、ロシアのペスコフ大統領報道官は訪問の事実を認め、「両国の情報機関の接触」が目的だったと説明しました。
本稿執筆後の8月27日、ロシア対外情報庁(SVR:対外諜報を担う機関で、日本でいえば内閣情報調査室に近い役回りです)のナルイシキン長官自身が、ラトクリフ長官との「実務レベルの会談」があったことを認めました。
ここまでは確認済みの事実です。一方、米側がNATO加盟国への攻撃をめぐる警告を伝えたとの報道もありますが、これは本稿執筆時点で米露いずれからも確認されていません。
「確認済み/報道/未確認」を切り分けて読むこと。それこそが、この手の話を扱う上での最低限の作法だと考えています。
ちなみに、プーチン大統領との会談はなかったとされています。しかし、情報機関トップ同士の協議が行われた以上、私たちが注目すべきなのは、表に出た会談相手だけではありません。
CIA長官のロシア訪問が明らかになったのは、2022年のウクライナ侵攻後、今回が初めてです。CIA、国防総省、米空軍のいずれも、訪問の中身については公式にコメントしていません。
私自身、この訪問についていくつかの見立てを書きました。ポイントは「誰が来たか」です。
ラトクリフ氏は外交官ではありません。CIA長官であり、これまでの発言をみてみると、プーチン政権に融和的な人物でもありません。
外交官が来るときと、情報機関のトップが来るときとでは、国家間コミュニケーションの意味が根本的に異なります。外交官は「条件」を話し合うために来ます。情報機関のトップが動くときには、外交官とは異なる情報・安全保障チャンネルが使われている可能性があります。
情報交換、危機管理、秘密交渉、軍事上のシグナル─今回がそのどれに当たるのかは分かりませんが、少なくとも通常の外交ルートとは別の回路が開かれたという事実そのものが、一つのメッセージです。
ここには、無視できない前例があります。前回、CIA長官がモスクワを訪れたのは2021年11月、当時のウィリアム・バーンズ長官によるものでした。
ロシア軍がウクライナ国境に集結を進める中でモスクワ入りし、侵攻に踏み切った場合の重大な結果について、プーチン政権に警告したとされています。その約3カ月後、ロシアは全面侵攻を開始しました。
今回のラトクリフ訪露が同じ目的だったという証拠はどこにもありません。しかし、この符合を無視することもまた、できないのです。
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