【1.モスクワも聖域ではなくなる-ウクライナの対話と攻撃の同時進行】
まず、ウクライナから始めます。
事の発端は、ゼレンスキー大統領が断行した情報機関の人事でした。新たに抜擢されたSBU、ウクライナ保安庁のポクラド長官代行は、国防省情報総局、GURをライバル視しているとされ、GURの元長官で政権内に強い影響力を持つブダノフ大統領府長官との間で主導権争いが表面化していると伝えられています。
9月上旬には、両機関の部隊がキーウ市内で銃撃戦を起こしたとの報道もありました。対ロ工作を担う組織どうしが内輪もめを起こしているとすれば、それはロシアにとって願ってもない展開です。
現地の軍事ジャーナリストは、ロシア義勇軍団の管理や国内防諜をめぐる主導権争いが表面化したものだと分析しています。情報機関の内部対立は、外からは見えにくいだけに、当事者どうしの疑心暗鬼を通じて組織全体の機能を静かに蝕んでいきます。
私が調停の現場で繰り返し目にしてきたのも、外部の敵よりも内部の縄張り争いのほうが、組織の実行力を先に奪ってしまうという現象です。
ところが、この内部対立と時を同じくして、もっと大きな出来事が起きました。9月4日、ロシア軍の無人機がキーウ中心部のSBU本部を直撃したのです。
ゼレンスキー大統領によれば、無人機はポクラド長官代行の執務室を狙ったものでした。大統領は、しかるべき、実質的な、可能であれば鏡のような対応(Mirror Response)を取るよう指示したと述べています。
私は、この「鏡のような」という言葉を、かなり重く受け止めています。これは単に、撃たれたから撃ち返す、という意味ではありません。「ロシアがウクライナの情報機関トップを狙うのであれば、ウクライナもまたロシアの情報機関や治安機関の中枢を標的として考える」というように読めるからです。
これまでこの戦争には、奇妙な二重基準がありました。ロシアはキーウの政府施設や情報機関を繰り返し攻撃する一方で、自国の首都だけは事実上の聖域として扱われてきたのです。
「戦争を始めた側が、相手の首都を攻撃しながら自国の首都には安全を求める」
これは本来、交渉の場でも戦場でも成立しない理屈です。
今回、その一線をさらに押し下げたのはロシア自身でした。建物ではなく人物を狙ったのだとすれば、戦争は施設対施設の応酬から、指揮官対指揮官の戦いへ一段近づいたことになります。
この構図が崩れたとき、最も居心地が悪くなるのは、執務室から安全に戦争を指揮してきた側のはずです。実際、モスクワ市内では今年に入って、防空システムの作動を告げるサイレンが以前より頻繁に鳴るようになったと、現地の住民が伝えています。戦争を「よそ事」として続けられる期間が、じわじわと短くなっている、そういう変化だと私は受け止めています。
ちょうどこの攻撃と前後して、米国はウクライナへの再介入を強めていました。トランプ大統領の和平特使であるウィトコフ氏と、大統領の娘婿であるクシュナー氏は、9月5日にモスクワでプーチン大統領と3時間以上会談し、翌6日にはキーウでゼレンスキー大統領とも協議しています。双方とも会談後の発言は前向きなものでした。
ゼレンスキー大統領は非常に実質的だったと評価し、ウィトコフ特使も有意義な対話だったと語っています。9月8日には、トランプ大統領とプーチン大統領が1時間にわたって電話会談を行いました。ロシア側の発表によれば、これは建設的で率直な会談だったとのことです。
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