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第二章

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「情けない話ですが、ラプラスに原因が分からなければ私達にはわかりません」

少し白髪が混じった今野と名乗る医師は眉を寄せそう言った。

あのメールの続きには死因が報告されたのだが原因は不明。

急いで病院に来たがこのありさまだ。

「ラプラスが誤作動を起こしたとかじゃないんですか」

平静を装ったつもりだったが、僕の声は震えていた。

「正直、前例がありませんし何とも……ラプラスが誤作動を起こしたというのも信じがたい話ですし」

「前例がないって……再検査!再検査します!」

藁にもすがる思いだった。こんなところで死ねない。まだやりたい事がある。見たいものも行きたいところも。それに有紀の事だって。

この後、僕はすぐにラプラスの検査を受けた。

5時間を費やして受けた検査の結果は、残酷なほど一致していて、唯一変わったところといえば余命が1日減ったことだった。

 

二度目の検査結果を受け取って2日、僕はまともに眠れていなかった。目をつむる度に訪れる闇に飲まれれそうで、それがただ恐ろしかった。

メディアでは僕の事が騒がれていた。

「未知の病、発見」「ラプラスに故障か?」「恐れていた事態」いろんな文句で世の中を飛び交っていた。

せめてもの救いは匿名で放送されている事だった。

それにしても、こんなに大々的に放送されるとまるで自分の事じゃないみたいに思えてくるから不思議だ。

「……元気ないね?」

俯いて歩く僕を覗き込むようにして有紀は言った。

「……ああ、少し風邪気味みたいなんだ。」

わざとらしく咳き込んで答える。

何か僕に言いたそうだったがそれを飲み込んで、早く病院に行かないとねと付け加えた。

「それにしてもこのニュース大変だよな」

他人事みたいに言うと本当に自分は関係ないように思えて少し気が楽になった。

「そうだね。本当に心配だよ」

そういう彼女は少し浮かない顔をしている。

彼女は本当に心配しているのだろう。どこの誰とも、何歳かもわからないような実態のない人物のことを。

「有紀は本当に優しいな」

彼女に向けたつもりが、その言葉は行き場を失ったように響いた。

そんなことない、と彼女も小さく呟いた。

 

しばらく続いた沈黙を破ったのは有紀だった。

「来週の土曜日なんだけど、慶ちゃん誕生日でしょ。私の家で一緒にご飯食べない?」

お父さんも、お母さんも会いたがってるし、と付け加えた。

少し迷って考えとくよと言った。

どちらかというと彼女の両親に会うのは苦手だ。

彼ら自体が苦手というより、久しぶりに家族の雰囲気みたいなものに触れるとどうしていいかわからなくなるからだ。

本当の両親みたいに思ってくれていいと彼らは言うけど、そんな簡単なものじゃない。

「慶ちゃんの誕生日はそばにいたいな」

懇願するように彼女は言う。

だけど僕はその「誕生日」という言葉に苛立ちを覚えた。めでたい日なのかもしれないが今となっては僕の余命を示す言葉でしかないからだ。

「別に誕生日なんてどうでもいいじゃん。会おうと思えばいつでも会えるじゃん」

自然と溢れた言葉は、わずかながらにもトゲを潜ませていた。それに彼女も気づいたのだろう。

「なんでそんなこと言うの。慶ちゃんが生まれた日なんだよ?」

心底悲しそうに彼女は言うが、僕にとってはそれが無性にたまらなかった。だから言ってはいけない、言わないでおこうと思っていた言葉を言ってしまった。

「僕は21歳になったら死ぬんだってさ。ラプラスで診断されたから間違いない。原因はわからないらしい」

口から出てみれば大したことはなかった。自分でも意外なほどにスラスラ言葉が出た。

よほど驚いたのか、有紀は黙り込んでいる。

「だからさ、誕生日のお祝いとかやめて。俺からしたら死ぬのを祝われているようにしか思えないからさ」

できるだけ冷たく彼女の心を傷つけるように言う。

ここまで言ったからには最後まで言わなければならない。

「あとさ、別れようか僕たち」

「なんで。なんでそうなるの?」

彼女の声がところどころ途切れる。

「仕方ないじゃん。僕もう死ぬんだし。原因がわかって新薬が開発されれば別だけどね」

冗談めかして彼女に言う。

その言葉を咎めるように彼女は僕を見て言った。

「そんなのわからないよ!もしかしたらあと一ヶ月で何か特効薬ができるかもしれないじゃん!なんでそんなこと言うの!なんで自分のことなのに他人事みたいに話せるの!」

それだけ言うと彼女はその場に座り込んだ。

彼女から溢れる涙がアスファルトを濡らす。

だけどそれが乾くまで待つ気はない。

僕は彼女に背を向けじゃあね、とだけ言って歩き出した。

助けてくれよ。

口には出さずにぐっと飲み込む。

背後に聞こえる泣き声が、消えるまで歩いて空を見上げた。空には何もなくてただ闇が僕を見ているだけだった。

 

 

家に帰るとメールが送られてきた。

有紀からだ。

「内容は?」

ウェアラブルデバイスに言う。

「誕生日会と別れ話についてです。読み上げますか?」

「いやいいよ。自分で読む」

内容はひどく簡潔で、別れる代わりに誕生日会には来てくれという内容だった。

そう言われて行くわけがない。

別れなくても俺が有紀に会わなければいい話だ。

そう思っているとまたメールが送られてきた。

「また有紀?」

「いえ違います。送り主は不明です。内容を読み上げますか?」

送り主不明っていたずらメールか?

「とりあえず読み上げて」

嫌な思いを紛らわしたいという気持ちもあり、送り主不明のメールを確認することにした。

「かしこまりました。1年前の僕、元気か?多分今頃自暴自棄になって有紀と別れた頃だろう」

おい、なんだこれ。

それも1年後って。俺生きてるのか?

というかなんで別れたことを知ってるんだ。

 

「そんなお前に朗報だ。結論から言って君は助かる。まあ、助かると言っても完治ではないが。だけど治療の甲斐あってかなんとか今も生きてる。ただ、一つだけ訃報がある。よく聞いてくれ。お前のせいで有紀は死ぬ。詳しいことは言えないが、誕生日会には必ず行け。そうしないと君は死ぬより辛い人生を送ることになる。どうか有紀を助けてくれ。ちなみにそっち世界のメールはこっちで受信できない。以上で読み上げを終わります」

どうなってる、全く意味がわからない。なんで有紀が死ぬんだ。それも俺のせい?自殺なのか?

いろんな疑問が意識を埋め尽くす。

まさか本当にタイムマシンなのか?

確かにデータは質量を持たないから理論上では可能ってどこかで見たことあるけど。

たった一年だぞ。たった一年で開発されたのか?

確認のためにメールを送ったがエラーと画面に表示された。

嘘だろ。

メールを完全に信じたわけではないが、有紀のことが気にかかる。

結局一晩考えて有紀に行くとだけメールを送った。