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第三章

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「誕生日おめでとう!」

クラッカーの破裂音とともに宮部家のみんなが僕に向けて言う。

有紀に連れられてリビングに入ってすぐのことだった。

一瞬呆気に取られたが、ありがとうございますとだけ言って席に着いた。

「慶介くん、なんだか少し元気がないね。有紀もここのところ元気がないし何かあったのか二人とも?」

有紀の父、圭吾さんが心配そうに僕に言う。

圭吾さんの顔は目鼻立ちがはっきりしているが、それほど濃い印象を受けない。メガネをかけているからかもしれない。

「いえ、ちょっと驚いただけです。それに僕たちには何もないですよ。あと今日はわざわざありがとうございます」

圭吾さんとキッチンにいる有紀の母、沙希さんに聞こえるように、できるだけ明るく言った。

あと35日か。

残された日数を考えると、不安に潰されそうになる。だから数えないようにしてたけど、今日21歳になったんだから否が応でも残りの日数がわかってしまう。

「ご飯できたよ」

そう言う沙希さんの笑顔は本当に有紀そっくりだ。

有紀も年をとったらこんな感じの優しいお母さんになるのだろう。

ラプラスに余命宣告されてからまともなものを食べていない。だから軽いものを数口食べて食事をやめようかと思っていたが有紀が既に取り皿におかずを装っていた。

「これ私が作ったの」

そう言って出されたお皿には唐揚げがのっていた。

食べてお願い、と不安そうにこちらを見る。

彼女への罪悪感を少しでも消すために唐揚げを口に運ぶ。

唐揚げを噛むたびに肉汁が溢れる。

美味しいよと彼女に言う。

言ってから自分の声が震えている事に気付く。

有紀は驚いているように、それでいて哀しそうに僕を見つめる。

「慶ちゃん……」

泣いている。それを自覚する事でまた涙が溢れる。

その循環は留まる事を知らず、ブレーキが壊れた自転車が坂道下るようにみたいに加速していった。

でもその自転車が坂道を下るほど僕の心はこの上ないほど生を感じた。

洪水みたいに流れる涙は僕の心も巻き込んで大事にしまいこんでた本音を流してくれた。その声は三人には聞き取れなかったかもしれないがそれでも良かった。理解してもらわなくても、慰めてもらわなくてもただ吐きだすだけでよかった。

 

 

僕は全てを話した。

謎の病のこと。余命のこと。有紀のこと。本当は一緒にいたいこと。

さすがにメールの事は話せなかったけど。

話している途中で有紀は泣いていた。

圭吾さんと沙希さんは何も言わずに抱きしめてくれた。

その温かさに触れていると、僕はあと一カ月で死ぬかもしれないのに、なんとなくこれでもいいなんて思ってしまった。

ひとまず僕が落ち着いたところで有紀ともう一度話し合うことにした。

この先のこと、メールのこと。

メールのことを話すと驚いたようにしていたが、自殺の事を聞いて少し怒っていた。

「でももしかしたら私本当に死んでたかもしれない」彼女は静かに呟く。

「でも良かった。慶ちゃんとまた話せて。唐揚げ作って正解だったな。でも泣くってそんなに美味しかった?」

少し僕を茶化すように言った。

「味は普通だったんだけど、なんだろう。家族のぬくもりみたいなものを感じたんだ」

そう言うと彼女は目に涙をためながら、それは愛情っていうだよとだけ言った。

そうかもしれない。口には出さないが有紀には僕の気持ちが伝わったような気がした。