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第四章

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たった今、彼の葬儀が終わった。

ラプラスの診断通り彼は21歳と35日で他界した。

死因は結局不明のままだった。

寝室で最期を迎えた彼は、死の恐怖から解放されたせいかとても穏やかな顔をしていた。

彼を失った悲しみが私を遠慮なく襲う。

だけど、その悲しみの裏で私は少しだけ安心していた。

彼は最期まで自分を大切にしてくれたと。

彼がラプラスの検査を受けたあの日の朝、私のもとに一通のメールが届いた。

送り主は7年後の私。

最初はタチの悪い悪戯かと思った。

でも、メールの内容を読み進めていくうちに私は不思議とこのメールは自分が書いたものだと思えた。

「こんにちは、7年前の私。私の名前は宮部有紀。

つまり、7年後のあなたよ。どうしても伝えたい事があって、未来からメールを送ってるの。でもこれだけじゃ信じてもらえないと思うから二人の思い出を一つだけ挙げるね。

初デートは映画館。慶ちゃんは私の好みに合わせて恋愛映画を観ようと言ってくれたね。だけど、その日はチケットが売り切れてて唯一空いてたホラー映画を観たよね。たしか、タイトルは「感染」だったかな?二人とも怖いの苦手なのに意地張ってチケット買ってみたね、結局二人とも終始目を閉じてて内容なんて全く覚えてないけど。いま思い出しても笑える。

これで信じてもらえたかな?

じゃあ、本題に入るね。

慶ちゃんは今日のラプラスの検査で寿命が21歳と35日だと言う診断を受けるわ。結果が出るのは明日だけど。

信じられないよね、あんなに元気だったのに。

死因は不明と診断されるわ。私の時代では原因もわかって治療薬も開発されてるんだけど、これを教えてしまうと過去の人間の寿命を過度に伸ばしてしまう事になるから禁止されているの。ごめんね。

だけど、本当に問題なのはここから。

彼は、慶ちゃんは寿命通りには死なない。

それよりも早く、彼は自宅で自殺するの」

 

 

さっきまで、隣で笑っていた彼があと一ヶ月ほどで死ぬ。

その事実は私の心に絡まり、無遠慮に胸を締め付ける。とめどなく溢れる涙を止める術は私にはなかった。ただせめて、数メートル先にいる彼に聞こえないよう、泣き声を殺すことで精一杯だった。

その後もメールは続く。

「きっと、いろんなものを背負いこんで、その重さで立ち上がれなくなっただろうね。

私は彼がその重さに潰されそうな時、気付いてあげることさえできなかった。

だから、あなたには彼の背負っているものを一緒に背負ってあげて欲しいの。全部は下ろせなくても、軽くすることはできるから。

そして彼に伝えて欲しいの。

あなたは、一人じゃないんだって。

具体的な手立ては何も無いけど、どうにか彼を助けてください。

彼のため、そして私とあなたのために」

このメールを読んでから数日後、メディアでは慶ちゃんの事が放送されていた。

彼は何もないふりをしていたけど、それはせめてもの逃避だったと気づくことができた。

それから何もできない日が続いた。

どんな言葉で励ましたらいいか、彼に何をしてあげればいいのか。

その間にも彼の死は迫ってくる。

とりあえずなんでも行動に移そう。

そう思った私はまず、誕生日に彼を一人にしない事、ただそれだけを考えた。

そして、誕生日会と称して彼を私の家に誘った。

だけど、私は彼に別れを告げられた。

その時に聞いた言葉は紛れもない彼の心の声だと思った。今までに触れたことのない冷たい言葉。

恐怖や悲しみ、嫉妬や絶望。

そんな黒い感情が彼を支配してると思うとたまらなくなった。

どうして頼ってくれないの?

どうしていつも一人になろうとするの?

あなたを大切に思ってる人のことも考えてよ。

何一つ彼に伝えられなかった。

もうダメかもしれないと思った。

だけど去っていく彼の小さな背中をみるとそんな気持ちはすぐに消え去った。

私が助けないと!

そう思って私は彼にメールを送った。

一通目は宮部 有紀として。

二通目は1年後の綾辻 慶介として。

 

「有紀これ、慶介くんの部屋から見つかったって」

お母さんから渡された小さな紙には、彼の文字で、有紀へ、と大きく書かれていた。

「有紀へ

手書きの方が気持ちが伝わると聞いたので、手紙を書いてみました。

この手紙を読んでいるということは僕はもうこの世にいないんだな。

いろいろ、言いたいことはあるんだけどあんまり書くと終わらないから手短に済ませることにするよ。

別れようなんて言ってごめんな。

先に死んでごめんな。

嘘つかせてごめんな。

でも、最後の嘘はひどかったよ。

さすがに一ヶ月じゃ新薬はできない。

だけど、その嘘が僕を救ってくれた。

最後まで生きる希望をくれてありがとう」

溢れ出た涙は頬を伝い顎の先から手紙に落ち、彼の言葉を滲ませた。

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end

 

image by:Shutterstock