他人に嫌われたくない「いい人」ほど、平気で嘘をつくナルシスト

 

いい人は自分の正義を周囲に押し付ける

「いい人」が生きづらくなる理由のひとつに、日本人が持っている美徳や道徳観念、そして常識や社会のルールを愚直に守ろうとしている点も挙げられます。

そしてそれが、本人の心を窮屈にさせています

同時に、周囲に対しても同調圧力をかけようとするのが厄介なところです。

「いい人」は、大きな事件・事故・自然災害などの直後は、「パーティーなどの明るいイベントは自粛すべきだ」という美徳があります。

彼らにとってはそれが被災者・被害者に寄り添う姿勢であり、正義なのです。

だから彼らは、そんなときにお祭り騒ぎをしている人を「けしからん」「不謹慎だ」と攻撃します。

そのため東日本大震災後に海外に逃げた人を非国民と非難するのも彼らです。

彼らにとっては、災害直後だからこそ手を取り助け合っていくべきだ

それが仮に放射線被ばくのリスクがあっても、災害とは関係ない地域に住んでいる人であっても、同調を強要します。

いい人は、自分は正しい、良識ある人間だ、相手のためを思っているという確信があるので、自分の常識とは違う他人に我慢ができません

だから、なぜ人は自分の考えている正しさを実践しないのか、なぜ自分の正義が実現していないのか、と感じてイライラします。

だから自分とは関係ない相手を攻撃します。

「残業なんておかしい」「残業させるなんてもってのほかだ」などと、正義の代弁者として、自分の常識に反する人や会社を糾弾します。

もはや理性を通り越し意地なのです。

だからこういう正義の剣を安易に抜いては振り回すという人は、周囲から疎まれ、人が近寄ってこなくなります。

とはいえこういう人は世界中にいて、「お前んところの神様なんて認めねーよ」「お前の神様が言ってることなんてクルクルパーじゃねえか」と戦争まで起きるくらいですから。

しかし、客観的な正義なんてどこにも存在しないものです。

維新志士と新撰組はどちらが正義なのか?

どちらも自分たちが信じる正義に従って戦ったわけですし、自民党も共産党も、同じく自分たちが信じる正義に基づいて選挙で戦っています。

立場や経験、価値観が違えば、出てくる主義主張も違うでしょう。

妻の正義と夫の正義、親の正義と子の正義、10人いれば10通りの正義があるわけで、どちらが正しく間違っているかなんてわからないものです。

このメルマガの内容も、単に私の正義に過ぎません。私がこう思う、こうしたらよいのではないか、という私の一方的な考え方を書いているだけです。

だからこそ、私は「こうすべき」「してください」などと、読者に押し付ける表現はつねに避けるようにしてきました。

どう思おうとそれは読者の自由だからです。

仮に自分の正義があったとしても、それを他人に押し付けようとするからイライラするし、トラブルも起きる。そうやって孤立していく。

だからもし、他人の発言や行動にイライラしたり怒りの感情が芽生えたときなぜ自分は怒りを覚えたのかその理由を振り返ることです。

それは自分の中に「こうあるべき」という常識や正義があって、それに反しているからです。

その「べきを放棄してそういう人もいると多様性を認められればイライラは収まる。その「べき」に気づき、べきを捨てていく。

そういえば正義という剣を振るっていい人の定義を、あるアニメで見たことがあります。

「自分の正義を他人に押し付ける傲慢さへの認識、自分の正義を実現させるだけの力と能力、自分の正義が周囲を幸せにするという信念、自分の正義を貫いた結果の責任を取る覚悟、これらをすべて満たせる人だ。」

なるほど…。

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