さよなら米国。トランプの「米国ファースト」がもたらす世界の終わり

 

TPPもまともに議論してほしかった

そういう意味では、TPPももっと真面目に議論してほしかった。もちろん私は、そもそもTPPには断固反対なので、結果的にトランプになってそれが破棄されることになったことを喜んでいるのだが、サンダースとトランプが共に「自由貿易が米国人の雇用を奪う」と言って下層労働者に媚びを売り、それに対してオバマ政権の国務長官としてそれを推進したヒラリーが無節操にもTPP反対に転向するというのはおぞましい光景で、こんなことは米国にとってよろしくない。

トランプは、NAFTAによって米製造業が低賃金を求めてメキシコなどに工場を移転する一方、そのメキシコはじめ中南米からは移民労働者が米国に流入したため、米国の白人を中心に500万人の雇用が失われたとして、

  1. WTO脱退、TPP破棄、NAFTA再交渉を通じて自由貿易体制から離脱し
  2. 中国製品に45%の関税をかけ
  3. 不法移民1,000万人を本国送還すると共にメキシコとの国境を壁で封鎖して新たな不法移民の流入を防ぎ
  4. さらに法人税を35%から15%に減税して米企業を国内に呼び戻すことを通じて
  5. 10年間で2,500万人の雇用増を図る、

──と公約した。これこそが「米国第一」の立て籠もり戦略という訳だが、誰が考えても無茶な話で、そもそも自由貿易体制のおかげで米国が全世界で現に得ているとてつもない利益とのバランスが全く考慮されていないことに加えて、白人労働者がメキシコ人と同じ賃金水準で働くのでなければ、いくら法人税を下げても米企業は国内に戻ってこないという当たり前のことが理解されていない。

問題は全然別のところにあって、第1期クリントン政権の労働長官を務めた経済学者ロバート・ライシュが25年前に著書『ザ・ワーク・オブ・ネーションズ(諸国民の労働)』で指摘したように、米国が自由貿易体制のメリットを享受しつつ国内の雇用を確保しようとすれば、米国の労働者自身が、自己啓発を通じて、あるいは国による再教育・再雇用などのセーフティネット制度に手厚く支援されて、より知的で創造的な仕事にシフトして国内ばかりでなく世界中で活躍できるように仕向けていくことが大事になるのであって、国境を閉ざして昔通りの単純肉体労働の雇用を回復させればいいという話ではない。

その意味では、TPPで200万人の雇用増を謳ったオバマの方が多少ともまともなのだが、彼のこれに関する最大の誤りは、初めから中国を巻き込むことを考慮しなかったことである。米中貿易は、米国から見て輸入4,833億ドル、輸出1,161億ドル、差し引き3,672億ドルの大幅赤字(15年)であるけれども、オバマが就任した09年に比べれば米国の対中輸出は6割方伸びているし、そもそも中長期的に見て世界最大の消費市場である中国を無視して通商戦略など成り立つ訳がない

それなのにそのような制度設計にならなかったのは「中国に通商ルールを決めさせる訳にはいかないルールは米国が決める」(オバマ)という妙な冷戦型覇権意識が頭をもたげたからで、そのためTPPは、米日中心で先にルールを作ってそれに中国を屈服させるとでも言うような、「中国包囲網」的な政治的色彩を纏ってしまった。そうではなくて、新しい貿易秩序のルールづくりに最初から中国を参加させる度量と根気が必要だったのである。

だから、選挙戦でヒラリーが言うべきだったのは、TPP反対ではなくて、「TPPで国内雇用が減るというのは間違いだ。むしろ中国をもTPPに包摂するよう組み直して、中国向けの輸出を増やせば、オバマが言った200万人どころではなく500万人の国内雇用が見込まれる」というようなことではなかったのか。

繰り返すが、TPPが潰れて日本にとってはこれでよかったのだが、米国のためを思えばこんな低次元の議論に終わるべきではなかった。

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