日本語の「正義」にあって英語の「justice」にはない、大切なもの

matsuo20170814
 

前回の記事「タモリが言う『戦争がなくならない理由』が深くて考えさせられる」で、戦争と平和について持論を展開し好評を得た無料メルマガ『「二十代で身につけたい!」教育観と仕事術』の著者・松尾英明さん。今回は「戦争に正義はあるのか」という、まさに「人類の命題」についてご自身の見解を記しています。

戦争に「justice」はあっても「正義」はない

最近、読んだ本から考えたこと。次の本を読んだ。

●『しない生活』小池龍之介・著 幻冬舎

自分の次の新著のテーマが「捨てる」なので、こういったテーマの本には関心がある。この本の中で、次の文が心のフックにひっかかった。

つまり、ものごとは、公平に、釣り合いが取れてなきゃ気が済まない、という強迫観念がつきまとっているのです。

 

この強迫観念につけられた名前こそまさに「正義(justice)感」という煩悩に他なりません。

人間というものは、「不公平不平等が気持ち悪くて仕方無いということである。しかし、実際の世の中は不平等だし不公平だというのが現実である。個人レベルでの不平等も、世界レベルで大きく見てバランスがとれている状態といえる。

私の尊敬する野口芳宏先生も「安心・安定・秩序・格差」と仰っている。安易な平等主義はむしろ危険であるという(こういうことを言うと「平等主義」という「常識」に叩かれるから普通言わないのだが、それを言い切るのがすごい)。

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