このふたつに共通しているのは、
- 安心や信頼
のように思います。信頼する相手や安心できる場所が、これらの欲求の充足のためには必須の条件なんだと思うんです。
そして、この安心や信頼は自分独りでは生み出せないものです。ヒトは群れて生活してきた種族ですから、他のヒトと群れることで本能的に安心するんでしょう。群れて一緒に時間を過ごし、モノを食べたり固まって寝たりするわけです。そうだとすると、最後に残る家庭の機能とは
- 家族といる安心
なんじゃないでしょうか。頼ったり頼られたりできる、食べ物を分け合える、病気やケガのときに労ってもらえる、こういうことを自然に期待できることを安心というのだと思うんです。
そうだとすると
- 独りで暮らすのは、ヒトにとってとてもストレスフル
- 安心して暮らせない場所は、家庭とは言えない
ということにもなると思います。
タイトルを忘れてしまいましたが、主人公の恋多き女が
- ハグってひとりじゃできないのね
と悟って自分の孤独に気がつく小説を読んだことがあります。そう、誰かに名前を呼ばれたり、見つめられたり、ハグされたりすることは
- 信頼する誰か
にやってもらうしかないことです。Siriに名前を読んでもらってぬいぐるみと抱き合っても、なかなか難しいところがあるでしょう(*゚∀゚*)
家庭があるということは、信頼できる相手と安心できる場所があるということで、これが家庭の根源的な機能なのです。
…ということはさ。私が体調不良のときにオットがよくやってくれる
- ナデナデナデ♪
は私の安心感を高め、ひいては免疫力を向上させる有効な手段なんでしょうね。
みなさんは、今日家族の誰かの名前をちゃんと呼んだり、見つめたりハグしたりしましたか?外注できる家事なんて、おカネで買っちゃって空いた時間は
- マジマジとナデナデ
に費やした方がいいですよ。
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