【第9回】俺の人生ってなんだったんだ…偉人たちも悩む「自己嫌悪な半生」 春日武彦✕穂村弘対談

 

自己総括欲求をめぐって

穂村 先生はよく、全集を出したりしている作家への憧れを口にしているよね。それって、死ぬ前に自分の仕事を総括したい欲望があるってこと?

春日 まあね。あり得ない話だけど(笑)。

穂村 先生は、書くもののゾーンに幅があるからじゃないかな。お医者として書いた医学的なテキストから、エッセイとか文芸寄りのテキストまであるから、そういうのをテーマ別に分けて一望したくなるというのは分かるような気もする。

春日 全集はともかく、アンソロジーは作りやすいタイプかもしれないね。テーマを決めて、それに沿って過去に書いた比較的出来のいいものを集めればいいわけだからさ。

穂村 僕は、今のところ、そういうまとめてみたい欲求って湧いてきていないんだけど、もうちょっと経つと変わってきたりするのかな? でも、江戸川乱歩みたいに日記や手紙、生原稿、メモ、新聞や雑誌の切抜き、果てには過去に引っ越した家の全間取り46軒分までもをスクラップした「自分史」本を作っちゃう人もいるわけでさ。あそこまで徹底できるならいいかもね。

春日 『貼雑年譜』(講談社)ね。

穂村 でも自分史も、「旅行編」みたいにテーマを決めてまとめることならできるかもしれない。時系列で、自分が過去にした海外旅行の記録を年表化することくらいなら、そんなに難しくなさそうだし。まあ、一日でできちゃうだろうから、あまり達成感はないかもしれないね(笑)。そういうのは老いてベッドで死を待つような状態になった時に見たくなるかも。

春日 今はまだ、そんな気にはならないね。自分の人生が矮小化されそうでイヤだよ(笑)。

穂村 で、結局着手しないまま死んでしまったりね。あ、でもさ、先生はこの親から相続したマンションを「ブルックリンの古い印刷工場を改装して住んでいる辛辣なコラムニストの住み処」にリノベーションした家を作ったことで、自分の人生を一望するような欲求はだいぶ満たされたんじゃない?(太田出版、春日武彦『鬱屈精神科医、お祓いを試みる』参照) 蔵書とか、集めたコレクションを眺めたりしてさ。

春日 まあ、多少はね。だけど、まだ「とりあえず」感は否めないけどね。

穂村 ここまででも、なかなかできないと思うよ。もっとも、本当は過去の自分のことなんて忘れてしまっている人とかの方が格好良いと思うんだけどね。

春日 本当はね。

穂村 次の作品のことで頭がいっぱいで、昔のことにかまけている時間なんてない、みたいなさ。「振り向くな、振り向くな、後ろには夢がない」って誰だっけ。寺山修司かな。

春日 俺は、自分の過去の仕事が全集になったりするようなことに憧れたりする一方で、昔自分が書いた本が読めないんだよね。

穂村 へぇ、そうなんだ。なぜ?

春日 俺はこんなカス書いてたのか!って愕然とするんじゃないかと思うと怖くてさぁ。

穂村 添削しちゃったりして。

春日 直せるくらいならいいんだけれど、「もう全部ダメ!」「救いようなし!」みたいな感じになりかねないと思ってて。でも、自分では不出来な方だと思ってた文章が、この前大阪市立芸大かなんかの入試問題に使われた時は、「意外と良かったのかもな」ってすぐ肯定しちゃったけどね(笑)。

穂村 そこは激怒するくらいじゃなきゃダメなんだよ、本当は(笑)。大学に「なんでこんな不出来なものを使うんだ!」って。

春日 そうなんだよ、その方が格好いいのは分かってるの。でも、やっぱり嬉しいからさ、つい褒められ待ちをしちゃうんだよねぇ(笑)。

10月①_トリ済みC

(第10回に続く)

春日武彦✕穂村弘対談
第1回:俺たちはどう死ぬのか?春日武彦✕穂村弘が語る「ニンゲンの晩年」論
第2回:「あ、俺死ぬかも」と思った経験ある? 春日武彦✕穂村弘対談
第3回:こんな死に方はいやだ…有名人の意外な「最期」春日武彦✕穂村弘対談
第4回:死ぬくらいなら逃げてもいい。春日武彦✕穂村弘が語る「逃げ癖」への疑念
第5回:俺たちは死を前に後悔するか?春日武彦✕穂村弘「お試しがあればいいのに」
第6回:世界の偉人たちが残した「人生最後の名セリフ」春日武彦✕穂村弘対談
第7回:老害かよ。成功者が「晩節を汚す」心理的カラクリ 春日武彦✕穂村弘対談
第8回:年齢を重ねると好みが変わる? 加齢に伴う「ココロの変化」春日武彦✕穂村弘対談

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春日武彦(かすが・たけひこ)
1951年生。産婦人科医を経て精神科医に。現在も臨床に携わりながら執筆活動を続ける。著書に『幸福論』(講談社現代新書)、『精神科医は腹の底で何を考えているか』(幻冬舎)、『無意味なものと不気味なもの』(文藝春秋)、『鬱屈精神科医、占いにすがる』(太田出版)、『私家版 精神医学事典』(河出書房新社)、『老いへの不安』(中公文庫)、『様子を見ましょう、死が訪れるまで』(幻冬舎)、『猫と偶然』(作品社)など多数。
穂村弘(ほむら・ひろし)
1962年北海道生まれ。歌人。90年、『シンジケート』でデビュー。現代短歌を代表する歌人として、エッセイや評論、絵本など幅広く活躍。『短歌の友人』で第19回伊藤整文学賞、連作「楽しい一日」で第44回短歌研究賞、『鳥肌が』で第33回講談社エッセイ賞、『水中翼船炎上中』で第23回若山牧水賞を受賞。歌集に『ラインマーカーズ』『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』、エッセイに『世界音痴』『現実入門』『絶叫委員会』など多数。
ニコ・ニコルソン
宮城県出身。マンガ家。2008年『上京さん』(ソニー・マガジンズ)でデビュー。『ナガサレール イエタテール』(第16回文化庁メディア芸術祭マンガ部門審査委員会推薦作品)、『でんぐばんぐ』(以上、太田出版)、『わたしのお婆ちゃん』(講談社)、『婆ボケはじめ、犬を飼う』(ぶんか社)、『根本敬ゲルニカ計画』(美術出版社)、『アルキメデスのお風呂』(KADOKAWA)、『マンガ 認知症』 (佐藤眞一との共著・ちくま新書) など多数。

漫画&イラストレーション:ニコ・ニコルソン
構成:辻本力
編集:穂原俊二
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