庵野秀明が尊敬する監督はなぜディレクターズチェアに座らないのか

 

もう1つ、現場を楽しくさせるために心掛けているのは、監督である私が常に他のスタッフと同じ状況のなかで仕事をすることである。

みんなが雨に濡れたら自分も濡れる、泥んこのシーンでは監督も泥んこになる。

『沖縄決戦』という映画で、司令官と参謀長、高級参謀が戦場で作戦会議をするシーンを撮った。

すぐ横で爆撃が行われている。

そのシーンを撮る直前、参謀長役の丹波哲郎さんが不安そうに打ち明けてきた。

「監督、オレ、爆発に弱いから、台詞を忘れちゃうかもしれないよ」

こんなとき、現場の責任者は自分がまずやって見せなくてはいけない。

自分がしっかり前準備した通り爆発を起こし、丹波さんより前に立ち、安全を証明して見せることで、安心して演技していただくことができた。

映画撮影チームくらいの人数では、責任者が常に危険に対して矢面に立つことは大切ではないだろうか。

40人や50人くらいのチームでは、リーダーが楽をすると、たちまち全体の雰囲気に影響する。

人間関係が悪くなる。

私は、その一つの目安として、ディレクターズチェアに座らないことを心掛けている。

ディレクターズチェアというのは、カメラの近くに置かれている監督用の折りたたみイス。

監督はこれに腰かけ、撮影の指揮をとる。

しかし、私は座らない。

まる一日続くハードな撮影でみんなが腰をおろしたいと思ったとき、監督だけが偉そうに座って、指示をしていたら、どうだろう。

少なくとも私は、そういう状態でもチームワークを維持し、いい作品を撮る自信はない。

ずっと立ち続けることも監督の仕事。

それを座らなくては撮影できなくなるようでは、体力だけでなく、おそらく感覚的にも古くなっているのではないかと思う。

私のやり方、心掛けが必ずしもすべての人にあてはまるものとは思えない。

しかし、私に関していえば、こうした心掛けがあったからこそ、70歳を迎えたいまでも、映画をつくり続ける体力と感覚、そして人間関係を維持できているのではないかと思う。

映画監督の仕事の9割は人間関係を大切にすることなのである。

※ (『致知』1994年7月号より)

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