「酔っ払いのような情緒不安定」に迷い込んでしまった米国
このようなことを早くから見抜いていた1人は、フランスの知識人エマニュエル・トッドで、『帝国以後』(藤原書店、2003年刊)でこう述べていた。
▼アフガニスタンとイラクに対する派手な戦争は、米国の強さよりも弱さの表れである。弱さとは、経済的に見て米国はモノもカネも全世界に依存して生きるほかなくなっていることであり、外交的・軍事的には、それを維持できなくなる不安からことさらに好戦的姿勢を採って、自国が世界にとって必要不可欠な存在であることを証明しようとするのだが、欧州、ロシア、日本、中国などの本当のライバルを組み敷くことは出来ないので、イラク、イラン、北朝鮮、キューバなど二流の軍事国家を相手に「劇場型軍国主義」を演じるしかないのである。
▼こうした米国の酔っ払いのような情緒不安定は、要するに、冷戦の終わりに際して、「冷戦という第3次世界大戦に勝ったのは米国で、今や敵なしの“唯一超大国”になった」という誇大妄想に陥り、ロシアがそうしたように、米国もまた“普通の(超のつかない)大国”に軟着陸しなければならない運命にあることを自覚しなかったことによる。
▼結局のところ、米国は暴走して破綻し、世界の中心は欧州、ロシア、中国、日本が緩やかに連携したユーラシアになる。米国が生き残るとすればそのような多極世界の1つの極をなすローカル大国として自らを定位できた場合だけである……。
米国の情報世界をはじめとするエスタブリッシュメントも、このことを自覚していない訳ではなく、全米情報協議会(ナショナル・インテリジェンス・カウンシル)が政権のために4年に一度改訂版を出す「グローバル・トレンド」報告書の2004年版は、
▼20世紀が米国の世紀であったのに対し、21世紀は中国とインドが先導するアジアの世紀となるだろう。
▼中国とインド、そして恐らくブラジルやインドネシアなど“成り上がり”国家は、今までの西と東、北と南、同盟と非同盟、先進国と途上国といった旧式のカテゴリーを廃棄してしまうかもしれない。
▼米国の対テロ戦争はアジア諸国にとっては見当違いなものと映っており、米国が同地域の安全保障について魅力的なビジョンを示さなければ、中国が地域安全保障秩序の対抗案を出して米国を排除することにもなりかねない……。
と述べていた。結局、米国は20年前から一向に成長せず、分かっちゃいるけど止められないという調子で“唯一超大国”幻想の中を彷徨い続け、そのためにますます「酔っ払いのような情緒不安定」に迷い込んでしまった。そのことを象徴するのがまさにトランプだということである。世界は、酔っ払いの癇癪爺ではなく、正気なら誰でもいいから別の人が米国の舵を握ることを切に願っているのである。
なお、このエマニュエル・トッドやNICの米国分析については、高野著『滅びゆくアメリカ帝国』(にんげん出版、2006年刊のP.207~226、250~262に詳しい。
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