「年収の壁」の背景にある伝統的家族観
また配偶者控除と年収の壁は、ともに日本の税制と社会保険制度に関連している。配偶者控除は、納税者の配偶者の所得が一定額以下の場合に適用される所得控除制度。
配偶者控除は、配偶者の所得が低いほど有利な制度であり、この制度自体が「年収の壁」を形成している。特に103万円や130万円といった年収ラインは、配偶者控除や社会保険料負担に直接影響し、多くの人がこれを意識して働く時間を調整している。
配偶者控除制度は1961年に創設され、当初は働く夫を支える妻の“内助の功”に報いることを目的としていた。この制度は専業主婦世帯を前提としていたが、しかし時代とともに状況は変化。
2016年9月、安倍晋三首相は政府税制調査会で配偶者控除の見直しを指示。しかし、2018年の制度改正は期待されたほどの大きな変更はなかった。従来の「103万円の壁」に加えて「150万円の壁」が新設され、103万円超~150万円の範囲で、配偶者特別控除の金額が配偶者控除と同じ38万円に設定される。
経済ジャーナリストの町田徹氏は、東京新聞において「年収の壁」問題の根本には、家父長制的な考え方があると指摘(*4)。これら「壁」は、夫が働いて妻子を養うという伝統的な価値観に基づき、このために多くの女性が働き控えを余儀なくされ、結果として社会進出や地位向上が阻害されてきたという。
求められる「学生が学業に専念できる環境」の整備
国民民主党は、夏に実施した学生インターンシップを通じて、「アルバイトで生活費や学費を稼ぐ学生が年収の壁によって働く時間を制限している」という声を受け、「103万円の壁」の引き上げを政策に取り入れた(*5)。
現在、年収が103万円を超えると学生自身に所得税が発生し、さらに親の扶養控除が適用されなくなることで親の税負担も増加。この制度が、学生の働き方に制約を与えているという。
しかし、そもそも、日本の大学生がアルバイトに多くの時間を費やしている現状は、学業に専念できる環境が整っていないことを示す。日本の大学生の約7割がアルバイトを経験し、その平均労働時間は週11~15時間。
中には学費や生活費を賄うため、さらに多くの時間を働く学生も少なくない。これにより、学業に十分な時間を確保できないケースが多く、特に週21時間以上働く学生は授業の予習・復習に割ける時間が制限されているという。
日本は高等教育への公的支出が少なく、学生やその家庭に大きな経済的負担がかかっている。「年収の壁」の引き上げは一つの改善策であるが、根本的には高等教育の支援体制を強化し、学生が学業に専念できる環境を整備することが求められる。
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■引用・参考文献
(*1)杉山健太郎「政府、総合経済対策を閣議決定 事業規模39兆円」Reuters 2024年11月22日
(*2)「【103万円の壁】引き上げで実は会社員などにもメリット…国民民主党案では年収が低い人の方が減税の割合が高い!? 政府試算『税収約7兆6000億円減少』をどう見る?社会」MBSNEWS 2024年11月4日
(*3)「103万の壁って?106万、130万も…違いは?年収の壁を詳しく」NHK NEWS WEB 2024年11月8日
(*4)山田祐一郎、安藤恭子「『年収の壁』対策は本当に朗報なのか…2年後に待ち構えるものとは」東京新聞 2023年9月29日
(*5)渡辺精一「学生バイトの発想?国民民主『年収の壁』対策の不思議」毎日新聞 2024年11月30日
(『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』2024年11月30日号より一部抜粋・文中一部敬称略)
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