日本中のすべての基地に数千発のミサイルを降らす中国
こんな風に、政府・防衛省の想定が「中国軍はまず先島に上陸侵攻し、その時にはまだ本島は戦場になっていないし、ましてや山口・九州は避難先として安全」という幻覚に縛られてしまうのは、先島の基地展開を主に担っている陸自が一種のトラウマとして抱え込んでいる戦前からの「本土決戦主義」の思想のためである。
太平洋戦争の米軍も、冷戦時代のソ連軍も、いまの中国軍も、島伝いに海を渡って上陸してくるに違いなく、それに対し戦車を並べて最終決戦を挑むという時代錯誤である。
冷戦が終わった頃には、上陸侵攻してくるソ連機甲師団に戦車1,200両で立ち向かうはずだったが(ちなみにソ連にそのシナリオは現実的なものとしては存在せず、その証拠に極東には機甲師団を渡洋させるだけの輸送船がなかった!)、ソ連が来ないことになって陸自は途方に暮れ、仕方なく「南西シフト」と言い出し、それを「北朝鮮が国家崩壊し武装難民が日本の離島に押し寄せる」とか、「中国が海洋民兵を漁民に偽装して襲ってくる」とか、マンガ的なことを言って合理化しようとした。
そのうちに安倍政権が現れ、「台湾有事は日本有事」とのテーゼを打ち出したので、ようやくお墨付きを得た格好になった。が、根底の思想が貧しいので、「中国は怖い」「共産主義だから侵略してくるに決まっている」という程度の幼稚なデマゴギーに便乗しているだけのこと。本当のところ日本がどんな脅威に直面しているのかを冷静に分析し、それに対応するに必要な配置と装備を必要なだけ用意するという軍事的合理主義にいつまで経っても立てないでいる。
本誌が何度も述べてきたことだが、中国は意外にも合理的で、15億の民の暮らしを向上させる以外のことに多大な資源を注ぐつもりは毛頭なく、台湾が粗暴にも「独立」を一方的に宣言した場合しか武力行使に出ることはない(その他の偶発戦闘は別にして)。台湾もそのことを百も承知しているので、自ら武力攻撃を招くような挑発に生半可な覚悟で打って出ることはない。
また、武力事態となった場合、中国は米第7艦隊の空母に駆けつける暇も与えない電撃作戦によって、1日にして台湾の政体を転覆することを目指すだろう。当然、自分の方からわざわざ米日を戦争に巻き込んで騒ぎを大きくしたり犠牲を増やしたいとは考えないので、いきなりの対日先制攻撃はない。
あるとすれば、米日両軍が前のめりになって、本質的に中国の内戦である台湾海峡紛争に介入した場合で、その時には中国は米日の「侵略」を非難して全面戦争覚悟で日本の全基地に短中距離ミサイル数千発を雨霰と降らすだろうから、この列島の誰も逃げている暇など与えられない。従って、現在の政府・防衛省の間抜け極まりない先島住民避難計画が発動されることはない。
(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2025年3月17日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)
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