日本の政治状況においても極めて重要な「2つの観点」
さて、一連の問題について、ここまで詳しく取り上げたのは、政治的な現象として実は新しい問題を感じたからです。2つ大きな問題があります。
1つは、陰謀論やポピュリズム的な政治運動は、一見すると人々の感情に訴える強力な手法のように見えます。ですが、反面、極めて限られた情報、しかも真偽の怪しい情報を材料に善悪の判断を行う傾向があります。
一般論として、陰謀論については対象に関する関心が異様に高い反面でその問題に対する知識や情報が乏しい場合に発生しやすいとされています。今回の「エプスタインの問題は全てリベラルが悪い」的な陰謀論はまさにこれです。
ここ10年の政治現象として、陰謀論に関しては、本能的な感情論と同じような本質的な強さを感じている向きが多いのは事実です。ですが、今回の現象を見ていると、感情論と陰謀論は少し異なるのを感じます。国家に自身を投影してしまうとか、格差にこだわって富裕層を悪としてしまう、あるいは貧者に絶対的な正義を付与するなどの感情論は、確かに根が深いものがあり、説得は困難です。
ですが、陰謀論の方はもしかしたら違うのではないか、そう感じたのは事実です。事実を丁寧に積み重ねていけば、陰謀論を「溶解」することは可能なのかもしれない、そんな感触です。今回の騒動における、MAGA派の動揺があるレベルを超えていくかどうかは、まだまだ分かりません。ですが、思い込みから始まった陰謀論であれば、ある条件下では「溶解」に持っていけるかもしれない、というのは現代政治を考えるうえで重要な問題だと思います。
2つ目は、世代が異なることによる認知の相違です。アメリカの場合はここ10年ぐらいで出生率の低迷が明らかになってきましたが、基本的に若年人口が分厚く、1年刻みで300万人以上がいます。ですから、その厚さは団塊にも、団塊二世にも負けません。ですから、より顕著な格好で、世代の相違が認知の違いとして出てくるのだと思います。
トランプ氏への支持ということで言えば、2015年から16年に熱狂した人々は、その多くがクリントン=オバマ路線への反発を抱えていたわけです。ですが、2023年から24年に経済社会の現状に行き詰まりを感じで「冷静にトランプを選択した」世代というのは、8年前とは現状認識が異なると考えられます。
2016年には「クソ真面目で学者風のオバマ」への反発が、「やんちゃで庶民的」なトランプへの支持になっていたかもしれません。ですが、2024年から現在にかけてZ世代の抱えている問題はかなり異なるとも考えられます。AIが雇用を大規模な格好で奪っている現状、グローバリズムが多くのアメリカの雇用を奪っている現状に対して、「余りにも無自覚な民主党」が否定されたのです。
勿論、オバマへの反発の中にも「リーマンショックからの景気回復」を最優先とする中で、各企業の進めていた空洞化と自動化には全く問題を感じなかった、という政権への反発はありました。今から考えれば、占拠デモであるとか、サンダース躍進というのは、その反映だったのだと思います。ですが、現在動いているのは全く別の論理です。
つまり、Z世代は実は「現状否定のギャンブル」だとか「既成の権威のぶっ壊し」ではなく、冷静な選択としてトランプを選んだのかもしれません。そして、そのような世代、そのような層は、「エプスタイン事件」については、今回始めて向き合い、その上で極めて常識的に疑念を抱いたのかもしれないのです。
いずれにしても、このエプスタイン問題というのは、現在進行形ですので、今後の展開は全く持って予断を許しません。ですが、とりあえず「陰謀論の溶解」ということと、「世代による認知の相違」という問題から、見てゆくのがいいと思います。
そして、この陰謀論の問題、そして世代の問題は、現在の日本の政治状況においても極めて重要な観点となっていると思われます。
※本記事は有料メルマガ『冷泉彰彦のプリンストン通信』2025年7月29日号「トランプ醜聞と陰謀論の溶解」の抜粋です。ご興味をお持ちの方はこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。今週の論点「遂に野球殿堂表彰式を迎えたイチロー氏、3つの感慨」や人気連載「フラッシュバック80」、読者Q&Aコーナー(日本の右派ポピュリズムについて)もすぐに読めます。
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