もはや話をするだけ不毛なのではないか
この回答書は、簡単にいえば、文科省の令和6年改訂いじめの重大事態の調査に関するガイドラインには、教育委員会方式で重大事態調査をしていいと書いてあるからいいんだ。確かに同じ課に所属してはいたが、期が違うし、直接の人間関係はないからいいんだ。文科省が公に認めているんだ。お前専門家のくせに日本語も読めないのかよ。であった。
確かに、令和6年8月の改悪、ガイドラインには、教育委員会方式は認められており、直接の人間関係がなければ、委員になる事自体を妨げられるものではないとされているが、ガイドラインの同ページには、「特別な利害関係」がないことも条件とされている。
これは「もたれあい」「庇いあい」を防ぐ目的のものであり、同課の所属はもはや論を示さずともよい「特別な利害関係」があると解される。
これを読むほぼ全ての方が、私と同意見であろう。もはや論ずるまでもない常識なのだ。
しかし、この回答は教育長も承諾のもとで、私に回答してきたわけである。
ここまで腐っていると、もはや話をするだけ不毛なのではないかと感じてしまうほどだ。
法やガイドラインの判断指針となる衆参国会の付帯決議にはこうある。
三 本法に基づき設けられるいじめの防止等のための対策を担う附属機関その他の組織においては、適切にいじめの問題に対処する観点から、専門的な知識及び経験を有する第三者等の参加を図り、公平性・中立性が確保されるよう努めること。
四 いじめを受けた児童等の保護者に対する支援を行うに当たっては、必要に応じていじめ事案に関する適切な情報提供が行われるよう努めること。
第三者性、中立公平性は最も重要な要素であり、これが欠けた委員会などはそもそもで設置が憚れるものだ。さらに、国会審議においては、中立公平性の視点についても論じられている。
小西洋之参議 「~中略~ その公平性と中立性を確保ということでございますけれども、これはどこから見た公平性か、中立性かということが重要だと思いますけれども、これは衆議院での議論の内容等々を踏まえますと、いわゆるいじめの被害者サイド、そこはもう間違いなく含まれている、被害者サイドから見ても公平性や中立性がしつかりと確保されたようなそういう人選が行われるべきである、~以下略」
笠浩史衆議 「今委員が御指摘のようなことにも十分配慮をしながら、専門の第三者がやはり選ばれるということを期待したいというふうに思っております」
(「いじめ防止対策推進法の解説と具体策」小西洋之著 引用)
つまり、第三者委員会の委員の選定は被害側から見て中立公平が望ましく、設置側から見て中立公平であると勝手に判断してはならず、必ず理解を求めて、説明責任を最大限果たす必要があるというのが、いじめ防止対策推進法の理念であると言える。
さらに事件は起きる。
被害女子生徒が調査委員会の呼び出しを受けて聴取を受けた際に、自死の意思をもって衝動的であったとはいえ非常に危険な行為に及んだということを、被害当事者からすれば全く配慮なく、事実関係の確認だからという一方的な理由で、極めて軽い感じで聞き取りが行われたのだ。
極めてセンシティブな内容を確認する場合、通例、有資格者の心理職の専門家を交えたり、保護者同伴で質問をするのだが、全くそういう配慮は無かった。
多感で最も難しいという時期の女子生徒で、さらに学校の対応不足でいじめの対応がほとんどされない中、第三者委員会の委員が無配慮の質問というのは、当事者からすれば、どうでも良いと思っているのではないか!?という失望と疑念が生じる。
この記事の著者・阿部泰尚さんのメルマガ









