【3-1.「順番」の壁を越える器】
この「どちらが先か」という問題は、調停の現場で最もよく出会う壁の一つです。先に動いた側は、相手に裏切られたら丸損になるからです。
こうした局面で使われるのが、同時履行と段階的な相互措置の組み合わせです。第三者が双方の約束を預かり、一方が動いたことを確認した時点で、もう一方の措置が発動するような「器」をつくります。
ホルムズ海峡に当てはめれば、米国が封鎖の一部を緩めるのと同時に、イランが特定の航路の安全を保証し、その履行を中立の監視団が確認するという形が考えられます。
その「器」づくりに向けて、フランスが動き始めました。
ロイター通信は9月22日、フランスが米国と調整しながら、航行の回復に向けた国際ミッションの設置を柱とするホルムズ海峡に関する安保理決議案の起草を始めたと報じました。
過去の同様の試みは中国とロシアの反対で頓挫しており、回覧の時期も決まっていません。それでも、「順番」の問題を解くための第三者の器を用意しようとする動きとして、私は注目しています。
一方、現場の緊張は続いています。
米中央軍は9月20日、7月に再開した封鎖の執行で、これまでに商船109隻を転針させたと発表しました。ホルムズ海峡の再開をめぐって9月14日に予定されていたイランと湾岸諸国の協議も、オマーンが延期を発表したまま、再開のめどが立っていません。
仲介役の顔ぶれを見ると、カタール、パキスタン、エジプト、オマーン、トルコと、地域の国々が入れ替わり立ち替わり椅子に座ろうとしています。
9月12日から13日にニューデリーで開かれたBRICS首脳会議で、議長国のインドがプーチン大統領、習近平国家主席、イランのペゼシュキアン大統領を一堂に迎えたのも、同じ流れの中にあります。インドの元国家安全保障副顧問パンカジ・サラン氏は、こうした場づくりを「インド流のパワープレー」と表現しています。
仲介は、もはや中立な善意の行為であるだけでなく、影響力を競う舞台にもなっているのです。
【3-2.板挟みのイラク】
空白が最も危うい形で現れかねないのが、イラクです。
米軍主導の有志連合のイラクからの撤収期限は9月30日に迫っています。イラク政府はこの日を「最終期限」とし、「主権の日」と位置づけてきました。クルド自治政府の閣僚は9月中旬、月末までに撤収を終える見通しを示していますが、今週に入ってからの具体的な進捗は伝わっておらず、確認が必要です。
イラクは、安全保障と金融を米国に、政治とエネルギーをイランに頼るという、きわめて危うい均衡の上に立っています。
米財務省は4月、ドル資金がイランに流れている疑いから、ニューヨーク連邦準備銀行からイラクに送る予定だった約5億ドルの米ドル紙幣の輸送を直前に止めました。輸送が再開したのは7月初めでしたが、その間にイラクの通貨ディナールは並行市場で公定レートより約15%から16%も安くなりました。
一方でイランは、衝突後にイラクへのガスや電力の供給を大幅に絞り、米カーネギー国際平和財団の論考によれば、イランからの電力輸入は70%減っています。そこに、東西パイプラインへの攻撃がイラク領内から行われたという事実が重なりました。米軍が去った後、イラク政府が自国内の親イラン武装勢力を抑え込めるのかという懸念が、現実の形をとって現れたことになります。
私はイラク戦争後の混乱期、公式発表と現場の実態とのずれを何度も目の当たりにしました。「撤収完了」という発表と、「治安の空白」という現実の間に溝ができたとき、その溝に最初に流れ込むのは武装勢力です。
9月30日という日付を、単なる期限としてではなく、新しいリスクの始まりとして見ておく必要があるでしょう。
この記事の著者・島田久仁彦さんの新創刊メルマガ








