クーデターは序章。トルコ軍の「反乱」が世界にもたらす4つの懸念

 

1点目は、アメリカからの見方です。仮にこのまま、エルドアン政権が「ロシア、シリア」との枢軸を強めるようですと、エジプトのシシ政権に続いて、中東の「穏健親米国」、それも大きな2つの国を相手陣営へ渡すということになります。EU加盟の一歩手前まで来た民主国家が独裁に接近するわけで、そうなれば、これは大失態としか言いようがありません。オバマの油断であり、何よりもスーザン・ライス(外交補佐官)やサマンサ・パワー(国連大使)の失政ということになるように思います。

その場合ですが、与野党の勢力関係からすれば「トランプが怒り、ヒラリーがオバマとライスを擁護する」という構図になりそうですが、イデオロギー的には、そこは反対で「トランプは強権のエルドアンと話をつけるほうが簡単」という考え方だし「ISISなどは強権的な『あっち』の政治家に任せる」という方針になるかもしれません。そうなるとヒラリーのほうが「強いヒラリー」として、「中東の民主化」的なことに危険な関与を行う可能性があります。

非常に大胆な予測をするのであれば、(話半分として聞いていただいて結構なのですが)仮にエルドアン政権のクルド系への弾圧、クルディスタン地域への軍事プレッシャーがある「許容できるレベル」を超えていった場合に、ヒラリーは、夫の次代にやったコソボ紛争の再現をクルディスタンでやるのではないか、そんな可能性を感じます。

ロシアとトルコが組んでいる状態で、そこからクルドを助けるために、ヒラリーとNATOが動くという可能性です。その場合には、イランの「無害化」という強烈な工作、そしてイスラエル=パレスチナ和平という積年の課題とのセットということもあり得ます。要するにオスマンやツァーリの亡霊を叩きのめすことで、この大きな地域の安定をということです。

考えてみれば、トルコがNATOにとって重要な加盟国であるのは「イラン」への警戒と言うことが大きいわけですが、仮に「トルコを失う」代わりに「イランを無害化」できて、それでサウジとイスラエルがハッピーになれば、地域全体は安定化します。少々大胆なシナリオですが、可能性としてゼロではないように思います。

2点目は、欧州がどうなるかという問題です。今回の事件の結果として、トルコがより強権国家になることに対しては、欧州では2つの見方が交じっているようです。一つは、そういうことなら、難民の流入に思い切りブレーキをかけて、ギリシャとブルガリアとトルコの国境に「カベ」でも作って、人の流れを制限するという考え方です。

一方で、ドイツのように巨大なトルコ系人口を抱える国では、そうした「遮断」はできないので、あくまでトルコを「開かれた国に」というメッセージを送り続けるしかありません。その辺で、欧州の中での立場の違いが浮き彫りになる可能性もあります。

3点目は、ISILのテロの問題です。先日のアタチュルク空港連続爆破事件に見られるように、トルコはISILの活動による被害者に他なりません。確かにISILを叩くと言いながら、西側が注意していないとクルドを叩いているトルコの動きは、西側には「目障り」ですが、ISILのテロを見据えて、その対策を考える際には西側として「トルコとはもう親しい関係ではない」という割り切り方はそうは簡単にはできないはずです。

4点目は経済です。トルコは先進国ではありませんが、欧州に対する大量生産基地として、そして観光業なども含めた人と金の行き来の対象として、西側の経済と深くつながっています。その大きさと重要性ということでは、エジプトやイランとは次元が異なります。1番目や2番目の話とは矛盾しますが、この経済の関係ということで、西側はトルコを切れないし、トルコはもっと西側との関係を切れないという事情は、一つのファクターとして見ておいた方がいいと思います。

いずれにしても、注視を続けなくてはなりません。

image by: Drop of Light / Shutterstock.com

 

『冷泉彰彦のプリンストン通信』より一部抜粋
著者/冷泉彰彦
東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは毎月第1~第4火曜日配信。
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