「この国には希望だけがない」
戦後、韓国のある大学の学長が講談社を訪ねてきた。その理由は、「自分の青少年時代に生き方を教えてくれた出版社に表敬訪問したかったから」だったという。
講談社の「面白くて為になる」雑誌は、青少年にわくわくするような偉人伝や心にしみいる美談逸話を提供し、人生における心構えや志を育てていったのである。この人が大学の学長までになったのも、これがエネルギーとなっていたのであろう。
明治・大正期の言論人・徳富蘇峰は「野間さんは私設文部省であった」といったが、有為の青年を育てた野間の功績を称えた言葉である。
「面白くて為になる」を目指した野間のアプローチは深刻な問題を抱える現代日本の青少年教育に有益なヒントを投げかけている。
小説家・村上龍氏は「この国には何でもある。本当にいろいろなものがあります。でも、希望だけがない」と小説の登場人物である中学生に語らせている。この台詞(せりふ)には、多くの人が共感するだろう。
野間は「面白くて為になる」物語を通じて、青少年の心に希望の灯を点したのである。希望とは外から与えられるものではなく、青少年が自分自身の心の成長の過程で、自分なりに描いていくものなのではないか。
我が国の歴史は、青少年がわくわくするような偉大な人物や事績、美談逸話に充ち満ちている。青少年の心は、成長への栄養源としてそれらを求めているのであって、現在の教育はわざわざそれらを青少年の目から隠して、希望を持てなくしているのである。
17歳の少年教師・野間清治が田舎の小学校で、子供たちがわくわくするような物語を語った姿が、希望のある国への出発点だろう。それは日本人一人ひとりが、誰でもどこでも様々な形で出来ることである。
文責:伊勢雅臣
image by: Rei and Motion Studio / Shutterstock.com , Wikimedia Commons