二階氏は、ほんの少し前まで石破茂氏との接近が取りざたされていた。石破氏も二階氏や菅氏の支援を得たいだろう。線が細いとか、影が薄いとか言われがちの岸田文雄氏だって、いぜん、ポスト安倍の有力候補である。対中姿勢をめぐる二階氏とのささやかな食い違いが響くとは思えない。
6月と7月の段階では、二階氏はそれこそ石破、岸田といった名前をあげながら、いつかはやってくる総裁選の絵を菅氏とともに描いていたはずだ。ところが、8月に入り、健康不安説が持ち上がって安倍首相の存在感が低下するや、ポスト安倍の思考回路を乱世モードに転換した気配がある。8月20日の席では、ズバリ「菅さん、あんたがやったらいい」と、菅氏をけしかけたかもしれない。
菅氏も、幹事長に背中を押されたら、まんざらでもないだろう。メディアに総理大臣になりたいかと聞かれれば、番頭とか女房役とかいう領分を超えないよう、「いやあ、私は秀吉より秀長が好きなんで」などとごまかすが、どうもここへきて、チャンス到来と踏んでいるように思える。
かたや二階氏が8月3日の記者会見で菅氏のことを「大いに敬意を表している」とほめれば、菅氏は同18日のBS日テレ「深層NEWS」で「もっとも頼りがいがある」と二階氏を持ち上げる。次期政権は菅総理・二階幹事長と二人してアピールしているかのようだ。
菅氏のテレビへの頻出は、そんな背景からとらえると興味深い。とりわけその“意欲”を感じたのが、報道ステーションへの生出演だ。
安倍官邸が毛嫌いしていた番組だったはずだが、宗旨替えでもしたのだろうか。いや、そうではあるまい。菅氏は、安倍首相や今井補佐官のように、好き嫌いとか、敵味方に分けて、出演メディアを選ぶのではなく、目的達成のためにプラス効果が大きいと思えば、オファーを喜び勇んで受け入れるだろう。ふつうはそうだ。
報道ステーションは視聴率が高いうえ、官邸や自民党本部の圧力によるコメンテーターの入れ替えなどで、かつてのような批判精神が影を潜め、菅氏にとっても与しやすい番組になっている。
今井補佐官や長谷川栄一内閣広報官が何と言おうと、菅官房長官には、首相の足らざるところを自分が補うのだという大義名分がある。
ちなみにその夜のコメンテーターは中央大学法科大学院教授、野村修也弁護士だった。
野村氏は福島第一原発事故の国会事故調委員として報告書をとりまとめたさい、経産省から電力会社への天下りの弊害に鋭く斬り込んでいたと記憶するが、その後、コメンテーターとして、あちこちのテレビ局からお呼びがかかるにつれてカドがとれ、昨今では政府側の立場を説明するだけの人のように見える。
その夜も、コロナ対策やGoToトラベルなどの質問に「国民の命と健康」「社会経済活動」「両立」「国が立ち行かない」などのピースをつなぎ合わせて平板な答えを繰り返す菅氏に、野村氏が助け舟を出した。
野村氏 「日本の行政は縦割りの弊害が危機管理を妨げている。官房長官自身は、これまで洪水対策に使われているダムが3割しかなくて、それ以外の経産省、農水省の管轄のダムが使われていないということに気づいて対策を打った。こういう問題がコロナにもあるのではないですか」
全国1,470カ所のダムのうち、治水目的も含む多目的ダムが570か所あり、これらが国交省管轄だ。他の900か所は水力発電や農業用のダムで、経産省、農水省の管轄である。水力発電や農業用のダムも洪水対策に使えれば…という話を国交省の河川担当の局長から聞いた菅長官は、がぜんハッスルしはじめた。
官邸に、国交省、経産省、農水省の官僚を呼び、既存のダムを活用した省庁横断的な洪水対策を実行するように指示した。今年6月のことだ。
菅長官は「ダムの有効貯水容量のうち水害対策に使うことができる容量をこれまでの約3割から約6割へと倍増することができた」と胸を張った。