犯罪組織が鮮やかに盗みだした「ドレスデン城の財宝」を司法取引で取り戻す、先進国ドイツの物騒な一面

 

ドレスデン盗難事件に急展開。なぜ財宝は戻ってきたのか?

ところが、盗難事件から3年以上が経過した昨年12月17日になって、21点の財宝のうちの18点が戻ってきたという思いがけない吉報がドイツを駆け巡った。ニュースに登場した博物館長は、「戻ってくると信じていた!」と嬉しさを隠せない様子だったが、検察の係官の表情は、安堵とジレンマが合わさったようで、そこまで明るくはなかった。なぜか? 

実は、レンモと検察の間では、司法取引が行われていた。司法取引というのは、犯人が事件の解明に役立つ十分な証言をすれば、その見返りとして減刑されるという、いわば犯人と検察のディールだ。ドイツでは、司法取引自体はそれほど珍しいことではないが、三権分立の原則からは問題があるとも言われる。なぜなら、検察は「行政」に属し、事件の解明がその任務だが、裁判所は「司法」であり、その役割は犯人の罪を判定し、刑を定めることだ。その司法が行政の捜査を助けるために犯人の刑を軽減するとなると、法治国家の原則である三権分立に傷がつくとも言える。しかし、今回の場合、盗品の価値がかけがえのないものであったがゆえに、そんなことは言っていられなかったのだろう。

その夜、盗品の返却は、ベルリンのとある弁護士事務所で整然と行われた。つまり、これは捜査の成果ではなく、レンモの弁護団との取引の結果だ。検察は未だに、これらがどこに隠されていたかさえ知らないという。1億ユーロを超える「ブツ」を3年間も保管し、検察に気づかれることもなく約束の場所に運んでくるだけでも、レンモのロジスティック能力が偲ばれる。

しかし、戻ってきていないものも、もちろんある。例えば、2個のダイヤモンドの入った肩章。そのうちの一個は「ザクセン・ホワイト」と呼ばれる破格のダイヤで、双方のダイヤを合わせた金額は、当時、3トンの金に相当したという。肩章がそのまま、あるいは、ダイヤだけが抜き出されて闇コレクターの手に渡っている可能性は否定できない。それとも、レンモがわざと返却していないのか? 謎は多い。

一番得をしたのは「犯罪組織レンモ」という皮肉

さて、今回のディールで一番喜んだのは、もちろん、盗品が戻ってきた博物館。国民も間違いなくホッとしている。

また、裁判所にとっても、今後、被告の自白があれば面倒な証拠物件の提示が軽減されるので好都合。しかし、なんと言っても一番得をしたのはレンモの面々だろう。

ドイツの刑法では、窃盗なら最高で懲役10年、放火なら15年だが、今回の取引で、それが半分から3分の1に軽減される見込みだ。しかも、逮捕からすでに2年が経過しているし、おまけにドイツでは、刑の満期が来る前に釈放されることも多い。

つまり、運が良ければ、判決が出る頃、彼らの刑期は終わりに近づいている可能性も高い。そうなれば極端な話、今回の収穫が、仮に「ザクセン・ホワイト」の肩章1個だけだったとしても、彼らにとってこの強盗は、「やっぱりやって良かった!」という結論になるのではないか。

事件の真相は「迷宮入り」のまま

ただ、司法取引の第一の目的は事件の解明なので、被告人たちは、盗品の返却後、検察の質問に対して詳しい供述をするという約束になっていた。ところが、返却後、公判はすでに3回開かれているが、現在、暗礁に乗り上げているという。検察官によれば、被告らの返答はどれも不完全で、供述は信憑性に欠け、自白には程遠い。つまり、「事件の解明」には今のところ全く役立っていないらしい。あと二人いるはずの共犯者も特定できていなければ、6300万ユーロ分の盗品も行方不明のままだ。

それに対し弁護団は、被告の自白は司法取引での取り決めを十分に満たしているという主張。まだ見つかっていない盗品の隠し場所や共犯者についての質問は取引条件に入っておらず、しかも、公判で行う質問でもないという意見だ。また、博物館側が請求しようとしている賠償金についても、見解は真っ二つに割れているという。

被告らのこれからの証言が裁判官の満足のいくものでなかった場合、司法取引が覆る可能性もあるという話だが、その可能性は低いだろう。レンモが抱える弁護士たちは、これまでもずっと、あらゆる法を駆使してこの犯罪組織の利益を守ることに成功してきたのだから、きっと今度もうまくやるに違いない。結局、今回の司法取引は、盗品が戻ってきた以外は、「レンモに一本!」となるのではないか。

犯人たちが娑婆に戻り、また自由に恐喝や窃盗に励む日はおそらく近い。先進国ドイツの物騒な一面である。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Delpixel / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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