「征韓論」と「西南戦争」とは何だったのか。定説という“バイアス”を取り除けば見えてくる西郷隆盛の真実

 

「日韓合邦」か「韓国併合」かの大違い

渡辺は、大久保が西郷を切り離したかった根本的な理由として、「専制権力による近代化の強行しかあり得ない」という大久保の内政への国権的な考え方に対する最大の障害が西郷だったことを指摘する。西郷は「文明とは道の普(あまね)く行はるるを賛称せる言にして、宮室の荘厳、衣服の美麗、外観の浮華を言ふに非ず」として、電信鉄道、「蒸気仕掛けの器械」の導入を急ぐなと叱咤していた。

西郷には維新後にどういう国を築くのかの構想がなかったとは、散々言われてきたことだが、渡辺に言わせれば、それは確かに漠たるイメージのようなものであったかもしれないが、「基本的に共同体農民の国家」――鹿児島の門閥制度の中に保存されていた土地共有の「美風」を強化し、「それも理想的には村落共同体的所有を擁護」して地主的所有の肥大への防波堤とし、その先に「そのような小農民に課す10分の1ないし20分の1の田租を基礎とする簡素で安上がりな国家、……小農民経済の上に立つ漸進的な近代化、いわば低成長主義」――私なりに敢えて言い換えれば「小日本主義」の方向性で、そこにおいて西郷は上からの国権強化による「大日本主義」の先導者=大久保と致命的に対立するのである。

対外政策、対韓政策についても、最後は武力を用いざるを得ないことをも想定する点では両者同じのようではあるが、西郷があくまで平和的交渉を通じての朝鮮の独立支援とその実現の暁の同盟関係をイメージしていたのに対し、大久保や伊藤博文が狙ったのは強圧によって韓国を組み敷こうとする侵略主義であり、それは後年、宮崎滔天や内田良平の黒龍会の「日韓〔の水平的な対等〕合邦」論か藩閥政府による「韓国〔の垂直的・一方的な〕併合」論(すなわち植民地化論)かの、似たようでいて決定的に異質な方式の対立へと繋がっていく。

つまり、明治6年政変で同じ薩摩の出の大久保と西郷が決別したことで、前者は国権主義、後者は民権主義という大きな分岐が生じた。維新政府は明治2(1869)年に太政官制を設け、左右大臣と大納言の下に後の内閣に当たる「参議」数名を置いて行政を取り仕切ることになったが、それがひとまず落ち着いた形をなすのは明治4年の6月から7月にかけてで、この時に木戸孝允(長州)、大隈重信(肥前)に加え、故郷に戻っていた西郷(薩摩)と板垣退助(土佐)が呼び戻されて参議に加わり、また前後して後藤象二郎(土佐)、大木喬任(肥前)、江藤新平(肥前)、副島種臣(肥前)、大久保利通(薩摩)も入って参議9人体制となる。

が、それが続いたのは2年4ヵ月で、上述の征韓論を中心とする対立が激化して明治6年政変となり、西郷、板垣、後藤、江藤、副島の5人が一斉辞職。替わって伊藤博文(長州)、勝海舟(幕臣)、寺島宗則(薩摩)が入り、ここに大久保=伊藤の国権派枢軸の形成が始まった(図1参照)。ということは、ここで「維新」は終わって、何らかの程度で革命性を帯びていた(と言えるかもしれない)明治政府は西郷と板垣を切り捨てることで反革命へと変転し、日本は天皇を頂点とする「大日本帝国」への道を爆走し始めたと言えるのである。

仮に西郷がもう少し政略に長けていて(というか興味を持っていて)大久保、伊藤の官吏風情の類にこの国を委ねなかったならば、150年後の今日、我々は一体どんな国柄に生きていることになったのだろうか。

(メルマガ『高野孟のTHE JOURNAL』2024年7月22日号より一部抜粋・文中敬称略。ご興味をお持ちの方はご登録の上お楽しみください。初月無料です)

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