「東欧系のモデルたち」――MITキャンパスに連れてこられた若い女性たち
2015年夏、メディアラボへのエプスタインの訪問が計画された。コーエンはスタッフに指示を出した。もしイーサン・ザッカーマン准教授(エプスタインとの関係に反対していた人物)が予期せず現れた場合、エプスタインが会議をしているガラス張りのオフィスから遠ざけるようにとも付け加えられた。
元開発担当者で同窓OBのコーディネーターだったシグネ・スウェンソンは、衝撃的な証言をしている。伊藤がコーエンに伝えたところによれば、エプスタインは「2人の女性『アシスタント』なしでは決して部屋に入らない」といい、彼女たちをメディアラボへの会議に連れてきたいと希望した。
スウェンソンはこれに反対したが、結局、「アシスタント」たちはエプスタインに同行することが許可された。ただし、会議室の外で待つことになった。
訪問当日、スウェンソンは「アシスタント」とされている若い女性たちを目にして愕然とした。
「彼女たちはモデルだった。東欧系、間違いなく(被害女性に見えた)(They were models. Eastern European, definitely)」
スウェンソンは言う。
「研究室の女性スタッフ全員で、彼女たちに注意深く親切に接することにした。もし彼女たちが自分の意志でエプスタインとともにいたくないのならば、助けられるかもしれないという、わずかな可能性に賭けて」
この証言は重い。エプスタインの性犯罪の被害者の多くは東欧出身の若い女性だった。MITという世界最高峰の学術機関のキャンパス内に、性犯罪者が被害者とみられる若い女性たちを連れて歩いていたのである。
そして伊藤穣一は、それを許可した。
個人的な利益――120万ドルの投資資金
伊藤がエプスタインから受け取った金額は、メディアラボへの寄付だけではなかった。
2019年9月、ニューヨーカー誌の報道を受けて、伊藤はエプスタインから個人の投資ファンドのために120万ドルを受け取っていたことを認めている。これはメディアラボへの52万5,000ドルの寄付とは別のものだった。
つまり、伊藤は公的な研究機関の所長という立場を利用して、個人的な金銭的利益も得ていたのだ。
さらに、2026年に公開されたエプスタインの2014年の信託文書によれば、MITは「第三順位の最終受益者」として指定されていた。寄付は「ジェフリー・E・エプスタイン基金」と名付けられ、「MITに通う大学院生および学部生への財政援助を提供する」ことを目的としていた。
死後もなお、エプスタインはMITに影響力を及ぼしていたのだ。
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