米民主党の支持率は35年ぶりに最低。“トランプより嫌われた野党”がこのまま中間選挙を戦えるのか?

 

クリントン政権のIT&金融戦略

第2の、そして決定的な転機は、クリントン政権下で起きる。ジュディスとテイシェイラはこう書いている。

▼クリントンおよびオバマ政権期には、ハリウッド、シリコンバレー、ウォール街、さらには環境保護団体、公民権団体、フェミニスト団体が影響力を強め、労働運動は二次的、あるいは三次的な位置に追いやられた。 ▼現在、民主党の「影の政党」には、 (1)アメリカ自由人権協会(ACLU)、サンライズ・ムーブメント、全米家族計画連盟、ブラック・ライブズ・マター(BLM)といった団体、 (2)『ニューヨーク・タイムズ』紙、MSNBC、Voxなどのメディア、 (3)フォード財団やジョージ・ソロスのオープン・ソサエティ財団といった基金、 (4)アメリカ進歩センターなどのシンクタンク ーーが含まれる。……

ここから先は同書では余り語られていないので、私見で補いたい。こうなってきた背景には、産業構造の大きな転換があった。ルーズベルトの時代から1950年代にかけては、鉄鋼、自動車、航空・宇宙、化学、兵器など重厚長大産業や繊維など大規模軽工業が中心で、それら全てを軍需面から統合する形で「軍産複合体」と呼ばれる化物が成長を遂げてきた。ルーズベルトのニューディールは、ケインズ的な公共事業への政府支出で大恐慌から脱出しようとしたと言われるが、実際にはそれが功を奏するより先に第2次世界大戦に突入し、究極の公共事業と呼ばれる戦争特需で溢れ返ることで経済を立ち直らせたのであり、それを通じて軍産複合体を核とする産業構造が出来上がり、戦後になっても「冷戦」の開始、やがてベトナム戦争への全面参戦という中でそれが肥大化し続けた。その時代は、労働運動の面から見れば、大企業の白人労働者を中心とする労働組合の最盛期ということでもあった。

やがて冷戦が終わり、それを受けて1992年にクリントン政権が登場すると、経済政策もまた脱冷戦志向となり、ゴア副大統領の「情報スーパーハイウェイ構想」に導かれてシリコンバレーを中心としたコンピューター・情報通信産業が爆発的な発展を遂げ、それが95年のインターネット解禁へと繋がっていく。インターネットは、周知のように、国防総省の高等研究計画局(ARPA)が核戦争に備えてどんなことがあっても全国の主要な国防研究機関の間の情報のやり取りが途切れることのないよう、「分散型」のパケット通信のネットワークとプロトコルを開発していたのが原基で、それを全米科学財団を通じて最初はアカデミズムに、続いて民間企業にも公開したもので、これによりグローバルな情報通信革命が激発された。

当時このような軍需で培った先端技術の民間開放は「軍民転換」と呼ばれ、インターネットだけでなく、例えば米軍の指揮・通信システムの専用とされていた通信衛星を通じての高品質デジタル通信技術は民間のデジタル衛星テレビ放送技術へと転生し、たちまち世界中に波及した。

またインターネットの普及とコンピューターの高性能化に伴って金融のIT化が進み、容量と速度に事実上制限のない「仮想電脳空間」を金融取引情報が飛び交うという想定外の事態が展開し、すでに地上では物理的な限界にぶつかっていた世界資本主義はそこに仮初の生き残りの道を見出すことになった。

このような米国経済の大変革の結果として、IT開発の世界センターとなったシリコンバレー、世界最強のコンテンツ産業の担い手のハリウッド、ITで水を得た魚のように生き返ったウォール街などが民主党政治への影響力を強めたのである。

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