49度の灼熱インドを歩いて横断した男に襲いかかった人喰いトラ騒動

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日本の猛暑の最高気温プラス10度ってところだが、こうなると連日テレビニュースでも新聞でも熱中症で死亡するインド人が跡を絶たないと報道され、まあ人口が日本の10倍近くいるとしてもインド全土で毎日200~500人単位で死亡していたぐらいだ。この国に来るまで、インド人はもともと暑いところに生まれ住んでいるから暑さには慣れっこだろうと勝手に想像していたが、やっぱインド人でも暑いのだ。

ではこんな冗談みたいな高温の中を歩いているとどうなるか、実体験はこうだ。

とにかくやる気が失せる。脳みそが歩けと指令を出しても足がいうことを聞かない。全身ストライキ状態で、早く木蔭に入ってくれと逆に全身からせがまれる。

マハラシュトラ州カンダナ近郊。いや~暑くて暑くて汗だくだく意識朦朧。

マハラシュトラ州カンダナ近郊。いや~暑くて暑くて汗だくだく意識朦朧。

しかたがないのでガジュマロの木蔭に座り込んでゼエゼエ荒い息を吐いているうちにまどろむ。顔をなにやらザラッとしたものでなでられて飛び起きると、水牛の子どもがオレの顔を舐めていた。そう、牛タンってのはけっこうザラザラなんです。水牛の子どもは塩分が欲しくて、汗ダラダラの僕の顔をベロンと舐めにきたらしい。

また、大汗をかくので当然水分を補給する。歩き始めから歩き終わりまでに多いときで4リットル以上を摂取するのに、一度もオシッコをしないときがある。全量、汗になって排出される。たとえオシッコが出ても血尿だったこともあった。

それでも無理をして歩きつづけていると、目の前の景色がパッと消えてアナログテレビの夜中の砂嵐みたいなものが見え、足がふらつき、意識が遠のいていこうとする。

この時点でかなりヤバイので、すぐに道端のガジュマルの下へと逃げ込んで、手持ちの水――といっても摂氏40度のぬるま湯だが――を頭からぶっかけて髪の毛を掻きむしる。これで頭部の風通しがいくぶんよくなるのだ。

どうしても涼をとりたいときは、汗の染みこんだフェイスタオルをグルグル振り回す。ちょっと体力を使うけれど、しばらく振り回したタオルは水分が気化熱を奪って蒸発していくのでひんやりするのだ。

そして、35℃以上の熱帯夜、エアコンのない宿に泊まるのもひと苦労だった。僕がインドを歩いた94~96年当時、田舎ではめったにエアコンを見かけなかった。宿にもエアコンのないところが多く、夜通し暑熱と蚊の大群や南京虫と戦ってうつらうつらまどろむしかない。

インドの安宿にエアコンはなくても、日本の銭湯の脱衣場にあったような大型のファンが天井でビュンビュンうなりながら高速回転しているのが唯一の救いだった。しかし天井のファンは部屋の熱気をかき回してベッドに横たわる僕に吹きつけるだけで、風に涼気はない。エアコンの室外機や冷蔵庫の後ろ側で寝ているのと同じでちっとも涼しくないのだ。

そこで、洗濯用のバケツに水を満たしてベッド脇に置く。スッポンポンでベッドに横たわる。タオルをバケツにつっこんで濡らし、緩く絞ってからだじゅうを拭う。すると、風邪をひくんじゃないかとびっくりするぐらいにからだ全体が冷えていく。天井のファンが高速回転しているおかげで、からだから気化熱を奪っていくのだ。

しかし残念なことにこの快感は5分しか保たない。5分後にはからだの表面が乾いて熱を奪ってくれなくなるのだ。なので、涼を得つづけるには5分ごとに同じ動作を繰り返さなければならない。運が悪いと、朝までこれをやっている。これでいったいだれが熟睡できようか。

こんなだから翌日は使いものにならず、またもや道端のガジュマロの木蔭でゼエゼエ荒い息を吐くことになるのだ。

そして僕はインドの徒歩旅行を2年連続で途中放棄して日本へ帰った。インドの猛暑と暴風雨の季節は日本で過ごして、穏やかになるころにまたインドへ戻り、前年歩き終えていた場所まで電車やバスで移動して、そこからまた歩き出す。

そんなわけで、あの逆三角形のインド亜大陸を1ミリの途切れもなく6484キロ歩き終えるのに210日間かかったが、2度断念して帰国しているので、実際にはパキスタンとの国境を越えてインドに入国してから隣国バングラデシュとの国境にたどり着くには、3年という月日が必要だった。

ゴア州カナコナ近郊のよろずやさん。バナナしか売ってなかった。

ゴア州カナコナ近郊のよろずやさん。バナナしか売ってなかった。

ところで暑さと辛さとしつこさのインド辟易3点セットと戦いつつ歩いていた僕に、94年5月、新たな壁が立ちはだかった。それは「人食いトラ現わる」の新聞記事だった。

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