49度の灼熱インドを歩いて横断した男に襲いかかった人喰いトラ騒動

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ボンベイ(現ムンバイ)から北東へ200キロほどいったナーシクという町で偶然買った地元英字新聞トップページの記事によると、ナーシクから北西に約50キロ離れたペート県で人食いトラが出没して1ヶ月間で15人が食い殺され、まだ退治されていないため地元はパニック状態だというものだ。

うーむ、インド、次なる敵はベンガルトラか。次々に新手をくり出しよるわい。

念のため、手持ちの国語辞典で「虎」を調べたところ、

「ネコ科の猛獣。アジア特産で体長2メートルぐらい。全身が黄色で黒い縦じまがある。鋭い爪と牙をもつ」(講談社学術文庫「国語辞典」)

と書いてあった。

体長2メートルか。馬場より小せえな。鋭い爪を持つだけならフリッツ・フォン・エリックと五十歩百歩だが、牙もあるからブラッシーの狂気も備えている。おまけに全身が黄色で黒い縦じまがあるなら、タイガーマスクの敏捷性も兼備しているのか。総合するとかなり恐ろしいプロレスラーだ。

となると、ベンガルトラに対処するにはどうすりゃいいのだ。死んだふりか。大木の幹をぐるぐる周回させてバターにするか。「僕はまずいです」と書いた紙をからだに貼って歩くか。トラなどとうそぶいてもしょせんはネコ科の生きもの、必殺ネコじゃらしでどうにかならんか。

それにしても1ヶ月に15人も食い殺されているってどういう国なんだ。インドには猟友会がないのか。オレの地元富山県の猟友会は優秀で、クマが出たとなったらすぐに退治してくれるぞ。まったくなんて人を食った話だ。

もうひとつ気がかりなのはベンガルトラの行動範囲だ。自分のいるナーシクから恐怖のどん底に突き落とされているペート県まで50キロ。この距離ってベンガルトラにとって近いのか遠いのか。仮に遠いとしても、50キロ離れたところにトラがいるなら、近場に別のトラが生息していたっておかしくあるまい。もしやそいつが虎視眈々と僕を狙っているかもしれないではないか。冗談はさておき、実際のところホンモノのベンガルトラとばったり出くわしたらどうすべきかわからず不安はつづいた。

弁護士ラメシュ氏宅。木っ端小屋みたいな住宅が多い中で、弁護士宅は異色だった。

弁護士ラメシュ氏宅。木っ端小屋みたいな住宅が多い中で、弁護士宅は異色だった。

そんな矢先、ナーシク郊外在住の弁護士ラメシュさん宅でカレー――これがまたキョーレツに辛くて(涙)――をご馳走になり、ベンガルトラのことも教わった。

ラメシュさんによると、人食いトラが現れたペート県は山がちなうえ、実際にベンガルトラが人を食い殺すのはひじょうに珍しいことなんだそうだ。さらに僕の歩く国道3号線はそろそろデカン高原を抜けて平野部に入るため、トラの出没はまず考えられないから安心しなさいと、たいへん心強いお言葉をいただいた。

結局ベンガルトラとのご対面は杞憂に終わり無事にインドを出国できたのだが、その後の旅では、一時帰国したときに友人から護身用にと餞別にもらったペッパースプレーを持参することにした。しかし去年9月の上海到着まで、このペッパースプレーをプシューッとやる機会が訪れないのは喜ばしいことなのだ。

 

『あるきすと平田のそれでも終わらない徒歩旅行~地球歩きっぱなし20年~』第6号より一部抜粋

著者/平田裕
富山県生まれ。横浜市立大学卒後、中国専門商社マン、週刊誌記者を経て、ユーラシア大陸を徒歩で旅しようと、1991年ポルトガルのロカ岬を出発、現在一時帰国中。メルマガでは道中でのあり得ないような体験談、近況を綴ったコラムで毎回読者の爆笑を誘っている。
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