安倍総理の外交戦略を揺るがすプーチンの重大疑惑

 

しかし、筆者はいま日本の首相がプーチンと会うのは、好ましくないと感じている。彼がプーチン大統領と電話でロシア訪問について話し合ったのは1月22日。英国で、プーチンの重大な疑惑に判断が下された直後のことだった。

2006年、ロシアFSBの元情報将校、アレクサンドル・リトビネンコが、ロンドンで飲み物に放射性物質ポロニウムを盛られ、殺害された事件。リトビネンコの妻、マリーナはプーチンの関与を疑い、英国内務省に真相解明のための調査を求めていた。英政府はロシアへの外交的配慮から事件の捜査資料を封印してきたが、高等法院がマリーナの訴えを支持したことから、潮目が変わった。

その後、ウクライナのクリミア編入などに対してプーチン大統領に揺さぶりをかける政治的目的なども絡んで、英政府は2014年7月になって方針を転換した。内務省に「独立調査委員会」を設置、昨年1月から関係者の聞き取りを進め、報告書を1月21日に公表した。328ページに及ぶ報告書の概要は、以下のようなものだ。

旧ソ連の国家保安委員会(KGB)元職員、アンドレイ・ルゴボイら2人が、06年11月1日、ロンドン市内のホテルでリトビネンコに猛毒の放射性物質ポロニウムを飲ませ、殺害した。ルゴボイらは事件のあと、ロシアに帰国した。ここまでは、07年のロンドン警視庁の捜査結果と同じである。英国検察当局はルゴボイを容疑者としロシアに身柄引き渡しを要求したが、ロシア当局はそれに応じなかった。

問題は、ロシア政府やプーチン大統領が関与したかどうかだ。報告書は語る。

2人はロシア連邦保安庁(FSB)の指示に基づいて実行した可能性が極めて高い。当時のパトルシェフFSB長官も認識していた。プーチン大統領によっても承認された可能性が濃厚だ。

FSBはソ連KGBを引き継ぐ、最も強力なロシア特務機関だ。リトビネンコは1998年、FSBの腐敗を内部告発したが、当時のFSB長官こそ、誰あろう、プーチンその人だった。リトビネンコはイギリスに亡命しプーチン政権批判を続けた。そして、同じくプーチン政権に批判的な報道姿勢を貫いたジャーナリスト、アンナ・ポリトコフスカヤ射殺事件の真相を究明していた。

ポロニウムも「ロシアの政府機関で製造された可能性が高い」と報告書は指摘している。まさに国家の犯罪を指弾する内容だ。

英国のメイ内相は「これは国際法や市民社会の根本的な原理に反する悪どく、許しがたい行為だ」と批判し、実行犯とされるルゴボイらの英国内資産を凍結する方針を明言した。この問題に対して慎重だった英国外務省ですら、対露関係の深刻化を懸念しつつも、ロシア大使を外務省に呼んで抗議した。アメリカもすぐに反応した。アーネスト米大統領報道官は、「将来的に何らかの措置を取ることを否定しない」と述べ、ロシアへの制裁を示唆した。

このような状況下、プーチンに会うためわざわざロシアの地方都市に安倍首相が出向いて、何が得られるというのか。せいぜい、合意文書に、さも北方領土交渉の進展があったかのようなサービス文言を織り込んでもらう代わりに、ロシア経済の立て直しに協力させられるのがオチだろう。それでも安倍首相は、米英に睨まれるのを覚悟で、プーチン大統領に会うというのだ。それは、リトビネンコの妻、マリーナと、彼女を支援する人々やメディアを敵にまわすことでもあるのではないか。

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