一見、普通の「土鍋」が異例の大ヒット。その驚きの理由は?

 

TX170323_2200_PR006

「美味しく炊ける」ランキング1位~「かまどさん」の秘密

この土の特性を最大限に活かして作られたのが大ヒット商品のかまどさん」だ。釜戸でご飯を炊く時のコツは、ご存知のように「はじめチョロチョロ、中パッパ。赤子泣いても蓋取るな」。すなわち最初は弱火、途中は強火、最後は蒸らす。長谷はこの面倒な火加減を気にせず、中火だけで釜戸炊きの味が生まれる土鍋を作ろうと考えた。

そして土鍋の中に様々な工夫を施した。まずは鍋底。通常、土鍋は火の通りを良くするため鍋底を薄くするが、長谷は発想を逆転。一般的な土鍋と比べおよそ3倍の厚さにした。  

その厚い鍋を、今度は伊賀焼の伝統の技術で加工。鍋の外側の表面を薄く削り出す。こうすると、無数の気泡が表に現れ、表面積は2倍になるのだと言う。

この鍋でご飯を炊くと、まず厚い鍋底がなかなか火を通さないので、中火でも「はじめチョロチョロ」の弱火になる。だがしばらくすると表面積の大きい鍋は側面からも熱を蓄え、中の温度は一気に上がる。これが「中パッパ」、つまり中火のままで強火状態が生まれるのだ。

蒸らしの段階では、伊賀の土の保温力が役立った。沸騰後、火を止めた時の鍋の内部は96度。それから20分ほど蒸らして再び温度を測ると93度。20分で3度しか下がらなかった。

開発に長い時間かけたもん旨さはどこにも負けやせん」(長谷)

家電雑誌が行った「本当に美味しい米が炊ける」ランキングで「かまどさん」は堂々1位を獲得。10万円前後の高級炊飯器を抑えて頂点に立った。

長谷は他にも今までなかった土鍋を数多く生み出してきた。現代にマッチしたIHヒーターに対応する土鍋や、電子レンジでチンできる「かまどさん」……これまで趣向を凝らした土鍋で10件もの特許を取得してきた。

そのアイデアを形にする場所が工房のすぐ近くにある古民家。長谷は77歳になった今も新しい土鍋を作ろうと研究に明け暮れている。ただ今、試作中なのは、蓋と内蓋、穴の空いた土鍋のセット。今度は土鍋でピザ窯を再現しようとしているのだ。

こうして新しくて美味しい土鍋を作り続ける長谷そのものづくりには信念がある

伝統だからと同じことを続けても誰も相手にしてくれない。求められるものでなければ民具にはならない。民芸品は休むことなく毎日進化していると思わないといけない」

長谷が生み出そうとしているのは、土鍋から生まれる美味しさ。そしてその先にある家族の楽しい食事の時間だ。土鍋があれば、料理はキッチンではなく食卓で作れるから母親も一緒に座っていられる。

「家族だったらお母さんがいる食卓がいい。だから『ながら』が一番。燻しながら、炙りながら、蒸しながら、しゃべりながら。それが団欒やな」(長谷)

bnr_720-140_161104

老舗窯元を襲った借金18億円の倒産危機

伊賀焼の長谷園には、その原点とも言えるものが残っている。16の窯が連なる「登り窯」。初代の長谷源治が1832年の創業当時に作った窯だ。下の窯から上の窯へと順番に熱が伝わっていく。

長い伝統を持つ伊賀焼の鍋だが実はその名が一般に知られることは最近までなかった

伊賀の周りには焼き物の産地が数多く点在。滋賀の信楽焼、京都の清水焼など有名な焼き物の産地に囲まれている。長谷園はこうした産地の下請けとして、名前を出すことなく皿などを作ってきたのだ。

小さな産地なので商人が育たなかった。信楽焼の商人に頼まれて作って、信楽焼として世に出してきた歴史がある」(長谷)

そんな状況を変えたのが長谷の父6代目の彰三だ。伊賀の土を使って彰三が作ったのが建築用のタイルだった。重厚感のあるタイルは人気を呼び、売上全体の7割を占めるまでに成長。長谷園の屋台骨を支える事業となった。

長谷は大学を卒業後、家業を継ぐべく戻ってきた。だが22歳の時にバイク事故を起こし、大怪我を負ってしまう。ここから長谷園は苦難の時代を迎える。1975年に先代・彰三が急逝。長谷は35歳の若さで7代目当主に就任する。不自由な身体でタイル事業を進めたが、1995年に起きた阪神・淡路大震災が状況を一変させる。ニュースで外壁用タイルの剥がれた映像が繰り返し流され、「タイルは地震に弱いという評判が立ってしまったのだ。

出来上がっていて、後は納品するだけだった商品までキャンセルされ、大量の在庫を抱える羽目に。それでも長谷は窯を閉めるわけにはいかないと、タイルを作り続けた。

「わしはずっと現場にいたから、一緒に汗をかいた職人を放り出せずタイル事業を閉められなかった。経営者としては失格やった」(長谷)

結果、借金が18億円まで膨らんだ。職人に払う給料が遅れだし、地元では「もう長谷園は終わった」と囁かれた。絶体絶命の危機だった。

print
いま読まれてます

  • 一見、普通の「土鍋」が異例の大ヒット。その驚きの理由は?
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け