元エリート官僚の長男刺殺、TVコメンテーターの発言が的外れな訳

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日本中に衝撃を与えた、元農水事務次官が40代の「ひきこもり」の長男を刺殺した事件。先日被告に懲役6年の実刑判決が下され、メディアにはさまざまなコメントが溢れましたが、的を射た意見は少ないと言わざるを得ません。61万人に上るという「中高年のひきこもり」、そして彼らを高齢の親が支える「8050問題」解決の糸口はどこにあるのでしょうか。健康社会学者の河合薫さんは今回、自身のメルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』で、「ひきこもり」を巡る状況を改めて明らかにするとともに、その出口を探っています。

※本記事は有料メルマガ『デキる男は尻がイイ-河合薫の『社会の窓』』2019年12月18日号の一部抜粋です。ご興味をお持ちの方はぜひこの機会に初月無料のお試し購読をどうぞ。

プロフィール:河合薫(かわい・かおる)
健康社会学者(Ph.D.,保健学)、気象予報士。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了(Ph.D)。ANA国際線CAを経たのち、気象予報士として「ニュースステーション」などに出演。2007年に博士号(Ph.D)取得後は、産業ストレスを専門に調査研究を進めている。主な著書に、同メルマガの連載を元にした『他人をバカにしたがる男たち』(日経プレミアムシリーズ)など多数。

エリート官僚の贖罪と日本の未来

家庭内暴力への恐怖の末に息子を殺害した元エリート官僚に対し、懲役6年の実刑判決が言い渡されました。証人尋問では、弁護側証人として被告の妻が長男から7年間にわたり家庭内暴力を受けたと証言。事件1週間前、被告は長男から激しい暴行を受け、「(息子は)『殺すぞ』以外は言葉を発しなかった。本当に殺されると思いました」と語ったとされています。

どこの家庭にも多かれ少なかれ「家族だけの秘密」があるものです。閉じた家族の事件には同情と共感と怒りと悲しみが複雑に絡み合い、やりきれない気持ちになります。

家族間の不幸な事件が起きると、「もっと何かできたんじゃないか?」「もう少し他人を頼ってもよかったんじゃないか」と、メディアではコメンテーターたちがこぞっていいますけど、長年積み重なった苦難と葛藤の壁はそうそう簡単に破れるものではありません。

特に子どもの問題はデリケートかつ密室性が高く、家族の外に出ることは滅多にありません

だからこそしんどいのです。どうしようもないくらいしんどいのです。そして、しんどさが極限に達すると、声をあげることすらできなくなる。思考の悪循環が始まるのです。

おまけに日本の社会は、重篤な障害など生きるうえで大きな問題を抱える人へのサポート体制は他国より積極的に行われますが、生きる困難があっても学校や仕事の入り口に立てる障害だと、本人や家族が声を上げない限り、支援が受けられません。何か問題が起きると「相談窓口」をやたらと作りたがるのもこのためです。

いずれにせよ、不登校問題しかり、引きこもり問題しかり、介護問題しかり、貧困問題しかり…。全く他人事ではないのです。

特に今後は未曾有の高齢化社会に突入します。80代の親が50代のひきこもりの子どもを支える、いわゆる「8050問題」に社会としていかに向き合うか?これは大きな課題です。

「8050問題」は、非正規の増加と密接に結びついた社会問題で、中高年のひきこもりは推計で61万人とされています(内閣府の調査)。

低賃金で不安定な非正規が増え、親と同居する中高年のパラサイトシングルが増加。ご近所さんからは「あそこの息子は結婚もしないで、いつまでも家にいて…」などと揶揄され、どうにかしたいと足掻きつつも、世間のまなざしから逃れるようにひきこもる。

その一方で、親も年をとり、介護が必要となる。子は親に経済面で依存し、親は子に自分の世話をしてもらうことに依存する。

つまり、社会的経済的リソースが欠如した親子の相互依存が、ますます貧困リスクを高め、孤立を深め、社会から切り離されていってしまうのです。

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