バットマン・シリーズで、バットマンがますます暗いキャラになり、ジョーカーやリドラーが“主役化”しているのは、そうしたアメリカ人のメンタリティの変化を反映しているのかもしれない。
ヴィランとして頂点に立ったトランプ氏は、民主党やCNNなどのリベラル派こそ、グローバルな大企業と結び付いて、一般国民を苦しめる“真の悪党”だ、という分かりやすい物語を作り出した。悪党がどんな汚い手を使ってきても、ヒーローは正々堂々と、正義に適ったやり方で真実を明らかにしなければならない。
しかし、ジョーカー的な存在であるトランプ氏は、証明のための手間ヒマを惜しみ、いきなり相手を口ぎたなくののしって、嘘つきと決めつける。
そうした下品なけんか腰で、「もうきつい。他人のことなんかどうでもいい。俺たち(白人労働者)の面倒を見てくれ」という“本音”を言いたい人、自分たちが苦しいのは、努力不足のせいではなく、社会を陰で牛耳る“真の悪党”のせいだと思いたい人たちの支持を集めることに成功した。
日本にもアメリカ大統領選をめぐる陰謀論を広めたQアノンや、議会襲撃で有名になったプラウド・ボーイズなど熱狂的支持者にとって、トランプ氏は、バットマンのような偽りのヒーローを倒してくれる、真のヒーローだったのだろう。
“頼れるヴィラン”であろうとするトランプ氏やルペン氏にとっては、自分たちと同じような、あるいはもっと狂暴そうなヴィラン・キャラであるプーチン氏は、反グローバリズム・反リベラル・リーグの頼れる仲間であったのだろう。
プーチン氏が暴れてくれるほど、グローバリズムは阻害され、大国が露骨な自国中心主義の路線を取ることが当たり前になり、かつ、そういう暴れ者と渡り合うには、トランプ氏のような型破りで何をするか分からないキャラが必要だという印象が強まる。三重の利益があったわけである。
トランプ氏は、(グローバリゼーションの副産物とも言うべき)コロナの対応への杜撰さや人種差別を容認するかのような発言が災いして、選挙に敗れたわけだが、トランプ敗戦を未だに受け入れていない人にとって、プーチン氏の戦争はトランプ復権のカギであり、ヴィランたちの壮大な国盗り物語の幕開けなのだろう。
そういう人たちには、国際的正義を訴えるゼレンスキー大統領の演説やそれに感動してみせる、バイデン大統領などの西側首脳の態度には、欺瞞と陰謀しか感じられないだろう。
彼らの視点に立てば、次のような物語を描ける。
①バイデン大統領の息子は、ウクライナ天然ガス会社の取締役を務めており、副大統領時代のバイデン氏はその会社へのウクライナの検察当局の捜査に圧力を加えた(らしい)。
②その“真実”を暴露しようとしたトランプ大統領は逆に弾劾されるはめになった。
③バイデン氏は、ウクライナとのコネを利用して、ウクライナがNATOに接近するようゼレンスキー大統領に働きかけ、ロシアを挑発した。
④止むなくウクライナ侵攻に踏み切ったプーチン氏を、バイデン氏は素知らぬ顔で“正義”の名の下に非難すると共に、アメリカ製の対戦車ミサイルなどの兵器を供与する形で、軍需産業に利益をもたらしている。
⑤この事態を収められるのは、トランプ氏のように胆力のある、真の政治家だけだ。
この内、③と④に近い見方は、日本でも、鳩山元首相だけでなく、保守系の反グローバル系の論客にも共有されていると思われる。ネットでは、彼らの言説に、①~⑤を一続きのストーリーとして信じるトランプ-プーチン・ファンが便乗する構図になっている。