特許も取らず製法も原材料の仕入れ先もすべて教えた川原
そんな爆発的ヒット商品となった『味の明太子』を見て、福岡には、見よう見まねで明太子を作って売り出す業者がたくさん現れた。「ふくや」の従業員は、
「10年も苦労して作ったのに、偽物が出回ったら味が落ちる」
「製法特許をとるべきだ」
と進言したが、川原は、
「明太子は総菜だ。誰もが作れるものでないといかん。特許はとらん」
「味の好みは人それぞれだ。安くておいしいなら、どんどん出てきてよか」
「うちのがおいしいと思う人は、必ずうちのを買ってくれる」
と言って突っぱねた。せめて「元祖」と表記して売るべきじゃないかという意見にも、川原は、こう答えている。
「『元祖』と書いたら、明太子がうまくなるのか?いちばんおいしい店がナンバーワンになる。それでよか!」
さらに、中洲の小売店から「ふくや」の明太子を取り扱いたいという申し出があったときには、東京や大阪のデパートに断ったのと同じように、卸売りを拒否したばかりか、「売りたいなら、あんたも作ればいい」と言って、製法も原材料の仕入れ先もすべて教えてしまった。
川原は、明太子が博多の名物になればいいと考えていて、独り占めはしないという考え方を徹底していた。
川原と二人三脚で唐辛子パウダーを誕生させた香辛料工場に、「ふくや配合」のパウダーを売って欲しいという問い合わせが相次ぐようになると、あっさりと販売を許可した。
これによって、博多の明太子全体の味が底上げされることになり、ますます「博多の明太子」は評判になった。
そういういきさつで、福岡の大手明太子メーカーは、ほとんどが「ふくや配合」の唐辛子パウダーで明太子を製造している。
ただし、川原は、「調味液をなめさせてほしい」というリクエストには、断固拒否する姿勢を見せて、「これだけは絶対言わんばい」と秘密にしたそうだ。
実際には、人々の味覚は時代に合わせて変化しているとして、川原が毎年少しずつ味を変えてきたのだが、妻と作り上げた調味液の基本レシピは、現在も、経営を引き継いだ家族にしか伝えられていないらしい。
川原は、沖縄の戦地から復員したあと、戦争のことはほとんど語らなかったが、
「名誉の生還ではない。自分は戦地で死に損なった」
「世の中のためになる生き方をしなきゃならん。死んだ戦友に申し訳が立たない」
とたびたび口にしていたという。
明太子の販売だけでなく、博多の祭りや、中洲の川の浄化などのために多額の自費を投入するなど、地域貢献に関しては、そこかしこに川原俊夫の名前が残っている。
昭和55年5月に高額納税者番付で福岡市トップとなった川原は、当時の朝日新聞の取材にこう答えていた。
「わしの所得が上がることは、辛子明太子が博多の特産品としてより多くの人から認められている証拠。そう思うと、税金がどのくらい増えたか、楽しみになりますばい」
「ふくや」の中洲本店は、現在も開店した場所にあり、周囲には、場所がら、キャバクラやホストクラブやひしめいているので驚くが、店内では川原俊夫の「博多愛」の伝わる写真パネルなどが見られて面白い。
10月5日(土曜)に開催される、よしりんバンドLIVE「歌謡曲を通して故郷・福岡を語る」の会場・明治安田ホールから、歩いて5分程度。中洲に足を運ぶなら、ぜひ博多の明太子を生み出した「ふくや」ものぞいてみては。
――(メルマガ『小林よしのりライジング』2024年9月10日号より一部抜粋・敬称略。続きはメルマガ登録の上お楽しみください)

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