自宅で自分らしく死ねる。ある若き医師が起こした在宅医療革命

 

「望む最期を届けたい」~若きスーパードクターの挑戦

安井が次に訪ねたのは櫻井康子さん(69)。末期の大腸がんで、医師から余命1ヵ月と宣告されていた。夫の五郎さん(75)と二人暮らし。五郎さんと一緒にいたいと、康子さんは病院から自宅に移ることを選んだ。

やまと診療所の患者は300人あまり。こうした末期がんの高齢者が半数を占めるという。安井は心がけていることをこう語る。

「どんな状態であっても、これができて良かったとか、これが楽しいというふうに、本人たちが笑っていられる状況を一瞬でもいいから作りたいなとは思います。苦しい、辛いという要素が多いなかで、少しでも本人たちが前向きに考えられるきっかけを作りたい」

翌日、五郎さんはずっと康子さんのそばにいた。時折、「寒くないか」と声をかける。

「妻は『迷惑かけるね』と言う。それはいいんだよって」(五郎さん)

「でもお家に帰ってこられて主人の側にいられるってことはすごく嬉しいの今が一番幸せ」(康子さん)

自宅だからこそ愛おしめる、2人だけの時間が流れていた。

安井は1980年、東京のサラリーマン家庭に生まれた。中学、高校は父親の転勤でイギリスやアメリカで生活。おおらかな父のもと、家族で海外生活を楽しんでいた。

だが高校2年のとき、父親は末期ガンを宣告される。一家は急遽、帰国。当時、日本で始まったばかりの緩和ケア病棟に入ったが、わずか3ヵ月で命を落とした

その宿題を今でも解いているような感じです。その時、自分が父親と関われなくて悔しかったという自分の思いを、20年経っても解決しようとしている」(安井)

安井は父親の死を機に医師を志し、東京大学医学部へ。2007年には国際医療チームの一員として、当時、軍事政権下にあったミャンマーに渡った。医師のいない村で、あらゆる症状の患者を一手に引き受けた。1日20時間以上手術をすることもしばしばあったという。

2009年に帰国し、都内の大学病院に勤務。だが次第に、何もかも管理された病院での最期に疑念を抱くようになった。 

患者と家族が何か思いを我慢して周りに合わせたまま時間だけが過ぎてしまっているんじゃないか。本来、本人と家族が過ごすべき時間が流れてしまって、いつの間にか死んでいたとなることに対して、やっぱり僕は抵抗があるんでしょう。自分たちで一個一個、決めて欲しい」(安井)

患者と家族が望む最期を届けたい」と、安井は看取り中心のやまと診療所を立ち上げた。

2016年10月、安井が向かったのは康子さんと五郎さんのお宅。そこには笑顔の康子さんが。余命1ヶ月を大幅に超えていた。夫の五郎さんも嬉しそうだ。

自分の家で思うままに暮らすことが、患者の生きる力を強くすることもあるのだ。

去年の暮れ、番組のスタッフに連絡があった。

櫻井康子さんが12月11日、夫の五郎さんに看取られながら、静かに息を引き取った。「眠るような感じだよね。家にいたから、在宅でやったから、最後の息を引き取るところまでちゃんと見られたから、それも良かったんじゃないかなと思う」(五郎さん)

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47万人が「看取り難民」に? ~2030年問題に挑む!

宮城県北部の登米市に安井がやってきた。向かったのはラジオ局。登米市民の8割が聞くという人気のエフエム局だ。

安井は3年前からラジオのパーソナリティを務めている。きっかけは2011年の東日本大震災。安井は医療ボランティアとして、被災地に入り、その縁で宮城県の登米でラジオの医療番組を受け持つことになった。

ラジオでも在宅医療の必要性を訴える安井。その背景には、日本が抱える大きな問題がある。それが2030年問題だ。

現在、高齢者の割合は4人に1人。それが2030年には3人に1人に増加する。病床の不足などで、47万人が死に場所のない看取り難民になる可能性があるのだ。

その難題に立ち向かっているのがやまと診療所。常勤医師4人、全スタッフ26人と、規模は大病院に及ばないが、年々、看取りの件数を増やしている。

その裏には安井が導入した画期的な仕組みがあるという。

「自分が患者さんに寄り添って診療していくなかで、患者さんの意思を汲み取って連絡調整をするという仕事がとても大事だということを実感しました。そこで我々は、在宅医療PAという在宅医療のプロフェッショナルを育てることで、切り札にしようとしています」

PA(Physician Assistant)とは医療アシスタントのこと。安井は看取りのプロフェッショナルと位置づける。

通常の在宅医療は、医師1人か、看護師を伴った2人体制。だが、やまと診療所では2人のPAを伴う3人体制だ。

PAは、看護師の資格がなくてもできるカルテの記入などを行う。さらに、医師が家族の相談に答えているとき、PAは患者の体調をチェックする。血圧や脈拍の測定、医療器具の準備などをPAが行うことで、医師は診察に専念でき、滞在時間も減る。だから多くの患者を診ることができるのだ。

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